白き魔女と黒き鬼
ハルマサ
プロローグ
僕は生まれながらにひとりぼっちだった。
母親と呼ばれる女性から生まれたものの、僕はその人の子ではなかった。
なぜなら僕には──角があったから。
初めはデキモノか何かだと思われていたが、次第に大きく鋭くなるそれは、五歳を迎えた頃には立派な角となっていた。
それでも僕が普通の子であれば、母親は我が子と認めて愛を注いでくれただろう。
しかし、僕は忌み子だった。
僕の村では──いや、この世界において黒髪、赤眼は魔女の子とされ、忌み嫌われる。
僕はその忌み子と角持ちのダブルパンチで、母親に捨てられた。
故に僕は、ひとりぼっちとなった。
「うわっ、オニだぁ! オニが来たぜぇ!」
「えぇ……あいつ、また来たの?」
「懲りねぇなぁ……!」
「…………」
子供たちの集まる広場に行っても誰も僕とは遊んでくれない。
それどころか、みんな僕を蔑んでくる。
ここでも僕はひとりぼっちだった。
「おい、オニ……。何見てんだよ?」
「別に……」
「チッ! ──なぁ! 俺、昨日いったよな? もうここに来るなって。……お前、なんで来てんの?」
子供たちの中では大柄な少年が僕の前に立ち塞がる。
彼はガキ大将的な存在で、子供の僕らの世界では彼こそが支配者だった。
だから、彼の言葉は絶対で、逆らうものはいやしない。逆らえばどうなるかは、僕を見ていれば分かるからだ。
「オラァ!」
「やめて……」
「オラァ! オラァ!!」
「…………くっ……」
「もう、ここに、来んじゃっ、ねェよ!!」
「………………いやだっ!」
殴られる。
何度も何度も殴られる。
顔だけは何とか守るけど、体は無防備に殴られる。
痣はもう数え切れないほど出来た。骨が折れたこともあった。
けれど彼は容赦しない。容赦なんてしてくれない。
「クソが……。ムカつくなぁ……」
少年はそこで一度攻撃をやめる。
僕はようやく解放されるのか、と安堵の息を吐きかけた。
しかし、続く少年の言葉に絶句した。
「どれだけ殴っても言うこと聞かねぇならよぉ……ぶち殺すしかねぇよなぁ?」
「──ぇ?」
「おい、あれ持ってこい」
少年が取り巻きの子供に指示を出す。
しかし、取り巻きたちは何かを躊躇うように動かない。
「⬛︎⬛︎くん、あれはヤバいよ。ソイツ、本気で死んじゃうよ」
「え? なにお前、俺に逆らうの?」
「いや、そうじゃくなくて──」
「だよな。──だったら、直ぐに持ってこいよ」
「うん……」
少年に言われ、取り巻きの一人が遠くへ走っていく。
その際に彼から向けられた同情の瞳に、僕はこれから起こるだろう事を想像した。
だが、そんな想像は呆気なく裏切られた。
「持ってきたよ」
「おう、よこせ」
「はい」
取り巻きが何かを手に持って戻ってきた。
それは拳大の岩のような物で、一見しただけではそれがなんなのか分からなかった。
「それは……?」
「へっ、いつもなら教えねぇけど、今回だけは特別に教えてやるよ」
少年は倒れる僕の前でしゃがむと、岩をまじまじと見せつけてきた。
所々に赤い鉱石が埋まった黒い岩だった。
「コイツは親父の持ち物から盗んだやつでよぉ。お前、俺の親父の仕事知ってる?」
「いや……」
「親父は冒険者なんだよ。だから、色んな物を持って帰ってくる。人の役にたつものから、人を傷つける物までな」
「────っ!?」
そう言って少年が見せた不敵な笑みに、僕は先程の想像が瓦解するのが分かった。
これはやばいと僕の本能が告げていた。
でも、まさか、そんなはずないと思いたい自分もどこかにいた。
しかし、少年は無情にも僕の淡い期待を打ち砕いた。
「コイツは『発破岩』って言ってな、強い衝撃を加えると──ドカァン!! 人間なんて簡単に死ねるくらいの大爆発を引き起こす」
「──はぁ?」
「くくく、まだ分からねぇか? お前は今から死ぬんだよ。俺の言うことを素直に聞かなかった罰だ」
「そ、んな…………」
そんな馬鹿な話があるだろうか。
公共の施設に顔を出しただけで殺される──そんな話があるだろうか。
いや、あったんだ。この理不尽な世界には、そんな理不尽な話が存在していた。
存在してしまっていたんだ。
「あばよ、クソオニ」
僕が呆然としている間に取り巻きたちと一緒に距離を取ったガキ大将が、不敵な笑みを浮かべる。
そして、次の瞬間──彼は手にしていた発破岩を僕目掛けて投げつけた。
仕方の無いことだった。
僕が忌み子で生まれたから、僕が角持ちで生まれたから。
だから僕は殺される。
理不尽な世界の理不尽で殺される。
これは仕方ないことだ。仕方ないこと。仕方ない、こと…………。
──あぁ、死にたくないなぁ……
不意に去来したその思いは一瞬にして僕の心を埋めつくした。
「────ッ!!」
僕は慌てて逃げようと試みる。しかし、殴られ続けた足は思うように動かず、何度も地面を滑り抜ける。
それでも僕は必死に発破岩から逃げようと、迫るそれに背を向けて、地面を這うように移動する。
だが、それはあくまで無駄な努力の範疇に収まってしまうほど、醜い足掻きだった。
僕が振り返ると、発破岩はすぐ目前にまで迫っていた。
数秒後、発破岩が地面と接した瞬間に、僕の命は吹き飛ぶだろう。
そんなのは絶対に嫌だ。
僕は生きたいんだ。
こんなに僕に対して理不尽な世の中に復讐するために、僕はなんとしても生きなきゃいけないんだ!
こんなところで、死んでたまるもんか!!
──だけど、もう…………
「──これは少しばかりやり過ぎだ」
死があと一歩の所まで迫ったその瞬間、僕の耳にそんな声が聞こえた気がした。
そして刹那──爆音が僕を包み込んだ。
▼
どういうことだろう。
「生きてる……?」
先程、耳を劈く程の爆音が鳴り響いたことからも、発破岩が爆発した事は間違いないだろう。
であれば、なぜ僕は生きているのだろうか。
その答えは以外にもすぐそばに存在した。
「これは……?」
僕の眼前には巨大で分厚い氷壁があった。
それは絶対に数秒前には存在していなかったものだ。
発破岩が爆発する瞬間に、僕と発破岩との間に突如として出現したのだ。
「ねぇ、キミ。大丈夫?」
僕が疑問に思っていると、僕の背後から不意に声をかけた。
慌てて振り返ると、そこには冬が立っていた。
──否、冬では無い。それは女性だ。
真っ白のドレスにコート、それから帽子。ソックスも白く、靴も白く。色白の肌に、銀糸の髪の毛を持った女性。
霜のようなまつ毛に縁取られた氷色の瞳が僕の顔をじっと見つめていた。
僕は自分の顔が熱くなるのを自覚しながら、小さく頷いた。
「だいじょうぶ、です……」
「そう、なら良かった」
女性はそう言うと、そのまま踵を返して颯爽と立ち去ろうとした。
僕はまだお礼を言っていない事を思い出し、呼び止めようとする。
「あ、あの──」
「おい!!」
しかしそこで、氷壁の奥から顔を出したガキ大将が僕よりも先に冬の女性を呼び止めた。
ガキ大将に呼ばれ、女性は彼の方を向く。
ガキ大将は非常に気がたった様子だった。
「てめぇ、どういうつもりだよ」
「どういうつもり、というのは?」
「どうして邪魔をしたのかって聞いてんだよ!!」
ガキ大将が顔を真っ赤にして叫ぶ。
それをまるでそよ風が凪いだだけと言わんばかりの澄まし顔で受け止めた女性は、氷のように冷たい瞳でガキ大将を睨んだ。
「じゃあ逆に聞くけど、キミはどういうつもりだったの?」
「……はぁ?」
「あの瞬間、私が割って入らなければこの少年は死んでいた。キミたちはそれを分かってやっていたの?」
「…………はっ! 当たり前だろ。俺たちはソイツを殺そうと思ってたんだよ!」
「なぜ?」
「ソイツが……気色悪いからだよ!!」
「気色悪い…………?」
ガキ大将がそう言って僕を睨んでくる。
女性もそれにつられて僕の方を見た。
僕は女性の冷ややかな視線に、思わず目を逸らしてしまった。
どうせ、彼女も僕の事を──
「私はそうは思わない」
「────ぇ?」
不意に放たれたその言葉に、僕はつい声を上げてしまった。
ガキ大将もぽかんとした表情で女性の事を見ていた。
そして直ぐに顔を真っ赤にして唾を吐き散らした。
「ソイツは魔女の子だぞ! しかも角まで生えてやがる!! それが気色悪くないのかよ!?」
「えぇ、まったく」
「どうして──っ!」
ガキ大将がなおもつっかかろうとしたが、それは彼女の摂氏零度の眼差しによって遮られた。
「だって、少年のそれは生まれながらに持っていたものでしょ? だったら、それは少年の問題じゃないじゃない。大切なのは中身だよ」
彼女はそこで一度言葉を区切ると、氷壁の方まで歩いていき、その氷を指でなぞった。
「先程の出来事。始まりは知る由もないけど、終わりの方はきちんと見ていたよ。必死になって逃げる少年と、それを嘲笑うように追い詰めるキミ。私にはまるでキミこそが"気色悪く"見えたよ。それはまるで──ゴブリンのように」
女性が最後まで言い終えると、静かに聞いていたガキ大将が肩を震わせながら女性に詰め寄った。
「てめぇ、言いたい放題言わせておけば──」
「【
「うわっ!? なんだこれ──!?」
ガキ大将が彼女の胸ぐらを掴もうとして、しかしその前に女性が何やらを唱える。
すると、ガキ大将の足元から氷の柱が出現し、ガキ大将を遥か上空まで持ち上げた。
「ひぇ!? だ、誰か……助けてくれぇ!!」
突如として上空まで持ち上げられたガキ大将は、いつもの様子からは想像も出来ないほどに怯えた様子で縮こまっていた。
「そこで少しは頭を冷やすといいよ」
女性はそういうと、今度こそこの場を去っていった。
▼
「あの! 待ってください!!」
「キミは……さっきの少年?」
僕は立ち去ろうとする女性の後を追いかけた。
僕の声に気づき振り返った女性は、やはり冷たい眼差しで僕を見つめた。
「どうかしたの?」
「いえ、あの……あなたはどうして僕を助けてくれたのですか?」
「どうして……?」
「はい。僕は見た通り普通じゃないですから……助けられる義理もないですし…………」
「さっきも言ったけど、生まれながらの見た目や特徴で私は人を判断しない。キミがいじめられていたから助けた。それだけの事。義理がなきゃ助けちゃいけないって決まりもないからね」
僕が俯きながらそういうと、女性は当たり前だと言わんばかりに答えた。
そんなことを言われたのは初めてだったから、僕は返す言葉に困ってしまった。
僕が何も言えずにいると、女性はくるりと体の向きを変えた。
「それじゃ、私はこれで。もうすぐ馬車が出てしまうから」
女性がそう言って歩き出す。
その背中を見て、僕はどうしてか心が寒くなっていくのを感じた。
そしてどういうわけか、口が勝手に動いていた。
「あの──!」
「ん?」
僕の呼び掛けに、女性が振り返る。
しかし、僕は困った。
呼び止めたはいいものの、何も言葉を考えていなかったのだ。
僕が何も言わずにいると、女性が懐から懐中時計を取り出して、時間を確認した。
彼女は急いでいるんだ。だから、早く何か言わなきゃ。
何か、何か────
「あの! 僕も一緒に連れていってください!!」
その時、口をついて出たのはそんな言葉だった。
そして声に出した後で僕はやってしまった、ということに気がついた。
彼女が僕を助けてくれたのは、単なる善意だ。
僕は彼女の善意によって助けられたのだ。
だのに僕は「一緒に行きたい」?
厚かましいにも程があるだろう。これでは断られても仕方ない──
「いいよ」
僕は一瞬、彼女がなんと言ったのか理解出来なかった。
およそ五秒程の時間を有してようやく理解出来た言葉は、おおよそ現実的ではなく、僕はこれが夢では無いかと疑った。
僕が言葉を失っていると、女性が僕の前までやってきて、少し屈んで目線を合わせてきた。
「キミの名前は?」
「……ノア、です」
「ノア……いい名前だね。私はリオ。これからよろしくね、ノア」
「…………あの、えと……はい……?」
リオが手を差し出してきて、僕は困惑しながらもそれに手を重ねた。
リオがギュッと力強く握り返してくる。
彼女はやはり冷たい目をしていた。しかし、ほんの少しだけ温もりが感じられた。
そうして僕は冬の女性──リオについて行くことになった。
そして、まだ見ぬ世界に僕は旅立つこととなった。
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