おばあちゃん、無双。

「魔王様討伐を企む勇者が来るそうだ」

青空の下、広がる草原で青髪の男は銀のモノクルを持ち上げた。

「此度の勇者は異世界転生者らしい。用心しろ」

青髪の男の言葉に、炎のような赤髪の男は自慢の胸筋を張った。

「この世界に来るなんてアホだなそいつ!俺様がボッコボコにしてやるよ!」

筋肉を揺らして笑う赤髪の男に、着物を肩までおろした女性のような男が桃色の髪を靡かせた。

「やぁだ、アホにアホなんて言われたらアタシ自害しちゃうわぁ」

「ん、どういう意味だ?」

「さすが」

青髪の男はパチパチと手を叩く。

「シンプルな嫌味すら理解出来ないとは、もはや無敵ですね」

「おう、俺は無敵だぞ!強いからな」

「ええ、強い強い。頭以外は強い強い」

ニコニコと笑う青髪の男に、赤髪の男は眉を寄せた。

「おい、今俺のこと馬鹿にしたか?」

「おや、馬鹿にしたことが馬鹿に伝わりましたか」

「馬鹿にすんなよ!」

赤髪の男が放った拳を、青髪の男はさらりと躱した。

「よけるな!」

「猪だってもう少し曲がった攻撃をしますよ?」

「ムキー!」

「おや、猪ではなく猿でしたか」

「チキショー!」

拳を振り回す赤髪の男と、拳を避ける青髪の男に、桃髪の男はため息をつく。

「まったく男ってホント馬鹿よねぇ」

「お前も男だろ?」

桃髪の男は赤と青の男の顔を同時に掴んだ。

「誰が、男かしら?」

「はび、すびばせん」

「でもさぁアタシ思うんだけど」

「はび?」

「きっとこの世に勇者なんていないわよ」

「べ?」

「勇者って世界に愛と平和をもたらす存在なんでしょ?だったらアタシたち魔の者を傷付けて勝ち誇るような奴が「勇者」なワケない。勇者なんかいないのよ」

「…あのぉ」

両手に大の男を掴む桃髪の男に、少年が声をかけた。

「すみませんちょっとお伺いしたいのですが…」

「あら何かしら」

「その、みなさんはこの世界の方ですか?」

「ええそうよぉ」

桃髪の男は両手を離し、赤と青の男に目配せをした。

「アタシたち魔王様に仕える三魔官さんまかん!」

武多玉ぶたたま!」

知多良ちーたら!」

愛多賛あいたたた!」

「魔王様にあだなす奴はぁ」

「武力と」

「知力と」

「愛のチカラでオシオキよぉ」

華麗なポーズを決める三人に少年はパチパチと拍手を送った。

「おばあちゃん、この世界の人に会えたよ」

拍手しながら振り返ると、老婆は草原の先を眺めていた。

「菱ちゃん、あそこに珍しか鳥さんがおるばい」

「あぁほんとだ。うちの周りじゃ見ない鳥さんだね」

少年はポーズを決め続ける三人を見た。

「あの鳥の名前はなんですか?」

「…そんなことよりさ」

三魔官はパッとポーズを解除した。

「アタシたち名乗ったんだからアンタもちゃんと名乗りなさいな。それが礼儀ってもんでしょ?」

「あ、そうですよね。ごめんなさい」

少年はさっと頭を下げた。

「僕は猪戸菱ししどりょう。こっちは梅おばあちゃんです」

「シシドリョウ?珍しい名前ね」

「そうですかね?あ、この世界じゃ珍しいのかも」

「この世界?」

「あの、僕ちょっとこの世界の方にお伺いしたいことがありまして」

「あ、そうだったわね。何かしら」

「はい。その、魔王城へはどのように行ったらいいのでしょうか」

「あら観光?」

「あ、いえ」

「やめときなさいな。そりゃぁウチの魔王様は賢くて魔の者のことをいつも最優先に考えてくださって、産まれたてのスライムですら息子娘のように愛してくださるお優しい方よ?だけど魔王城観光はどうかと思うわぁ」

「あ、えっと」

「アナタだって自分のお家をジロジロ物珍しげに眺められるの、いい気はしないでしょ?」

「そうですね…でも」

「でもじゃなぁいの」

愛多賛は菱の額に人差し指を突き刺した。

「悪いこと言わないから、おとなしくおうちに帰んなさい」

「はい、おうちに帰りたくて。…それで魔王討伐をしなくちゃいけないみたいで」

「は?」

三魔官は一斉に菱を見つめた。

「あの、僕たち現実世界の家に帰りたくて。この世界の魔王を討伐しなさいって…」

「ちょ、ちょっと待て!」

知多良はモノクルを持ち上げた。

「お前、異世界転生者か」

「あ、はい」

菱が頷くと同時に、武多玉は菱に向かって拳を振り降ろした。

「魔王様に害をなすならぶっ飛ばす」

打ち据えられた拳に土煙が上がる。

「ちょっといきなり殴りかかるなんて馬鹿なの?」

「馬鹿でいい。魔王様の所には誰も行かせない」

炎のような瞳を見開く武多玉に、愛多賛はため息をつく。

「まぁ、その意見にはアタシも大賛成なんだけど、あんな若い男の子をいきなりぶん殴るなんて美しくないわぁ」

「びっくりした…」

土煙の中から目を丸くする菱が現れた。

擦り傷一つない菱に三魔官は目を丸くした。

「おばあちゃん大丈夫?怪我してない?」

「ああ大丈夫よぉ」

梅は穏やかに笑った。

「それで何やったかね、サンマ缶に豚玉チータラあ痛たた?」

「な、なんで倒せてないんだ」

「気をつけろ武多玉…そいつ強いぞ」

「強いだぁ?」

武多玉は菱と梅を睨みつける。

「こんなガキとババアが強いわけないだろ!」

殴りかかった武多玉の足元に、梅紋の風呂敷が広がっていた。


ぱちぱちと音を立てる囲炉裏に、梅の背中が照らされていた。

「お餅、焼けとるよ」

「え…」

「ご飯食べとらんやろ?」

穏やかに笑う梅に武多玉は息を飲んだ。

「なんで知ってるの」

「おばあちゃんはなんでも知っとると」

ふくれた餅に砂糖醤油をかけて海苔を巻く。

「喧嘩ばしてしもうて、お母さんに怒られたっちゃろ」

「だってさ…」

武多玉は頬を膨らませる。

「だってあいつが悪いんだよ。俺のこと叩くしか出来ない馬鹿だって馬鹿にするんだ」

「それで、叩いてしもうたと?」

「う、うん」

「そうね。それで今の気持ちはどうね」

「え…?」

「馬鹿にしてきた相手ば叩いて、それでどうね」

「…最悪だよ。叩くしか能が無いって言われて、俺はその通り叩くしか出来なかった。でもさ、俺ばっかりが悪いわけじゃない!」

「そうやねぇ。そしたら叩くんやなくて気持ちばちゃんと伝えないかんよ。言われて嫌やったことを伝えないかん」

「そんなの…聞いてくれるかな」

「話ば聞いて欲しかったら、相手の話もちゃんと聞かないかん。そうして一緒に楽しくいられる方法を考えるんよ」

「楽しくいられる方法?」

「そうさ」

「でも、話しても楽しくないやつだったら?」

「そしたらそんなやつ放っとき」

「え、いいの?」

「よかに決まっとるよ。ちゃんと気持ちを伝え合っても良い関係になられんのやったら、そっと離れてばあちゃんところにおいで」

「ばあちゃんとこに?」

「そうさ。美味しかお餅ばいつでも焼いちゃるけん」

「お、おばあちゃーーーーーん!!!」

武多玉は梅の体にしがみついた。


「な、なんだ武多玉…どうした」

手を伸ばした知多良の体が梅紋の風呂敷に入った。


「お汁粉食べんね」

机に向かう知多良の背中に声がかけられた。

「美味しかのが出来とうよ」

「いや、勉強しないといけないから」

「そうね…」

小さな足音を鳴らして去っていく梅に、知多良はふと息を吐き出した。

「あのさおばあちゃん」

「なんね」

「僕さ、勉強しか取り柄がないのに試験に落ちたんだ。優しくされる価値なんてない…」

「なに言いよるとね、価値の無い命なんてあるもんかい」

「でもさ」

「いいかい、頑張ってきたことが報われなかったら自信がなくなっちまうのはわかるよ。だけどね、積み重ねた努力が消えるわけじゃない。ましてや自分の価値が消えるわけがない。消えているのは「自信」だけさ」

「自信なんて…元からないよ」

震える知多良の肩に梅は手を置いた。

「自信はね、自分を信じる力や。努力ば重ね、経験ば重ね、少しずつ自分のことを信じられるようになって手に入る力たい。何もしとらんのに自信なんてあるはずないし、たくさん努力しとるのに自信だけ無いのも違うと」

梅は穏やかにほほ笑む。

「自分を信じられるように努力しんさい。あんさんなら絶対できるけん」

「お、おばあちゃーーーーーん!!!」

知多良は梅にしがみついた。


「なるほど…あれは愛の領域ね」

梅にしがみつく武多玉と知多良に愛多賛は眉を寄せた。

「あの領域に入ったものは、祖母に愛された記憶を思い出して心を奪われる」

愛多賛は着物の袖を伸ばし、梅から武多玉と知多良をひっぺがした。

「はっ!俺は」

「今までなにを…」

武多玉と知多良は頭を振って梅を見つめた。

「お、おばあちゃーん!」

「…領域外に連れ出しても一度心を奪われた効果は継続か…厄介な能力ねぇ」

愛多賛は武多玉と知多良を担ぎ上げた。

「一旦退避。アタシたちじゃ勝ち目がない」

空を蹴って宙を走る。

「…でも魔王様なら、ね」

愛多賛は唇を引き上げた。

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