第7話 買えるのか? 転ドラの3巻

 妖艶な女性は僕に向けてニコリと笑う。


あたしはギルド長のアゲハネル」


 紫の髪。

 凄まじくボリューミーな胸。

 右目の下の泣きぼくろがなんとも色っぽい。


「あなた、もしかして白銀の牙で働いてたんじゃない?」


 ギクッ。

 バレたら返金だろうか?


あたしの所で換金するなんて、何かあったんでしょ?」


「ハハハ……」 ご名答。


「オーキンは堅物でしょ。しかも意地悪だしね。あそこのギルドは息がつまるわよ」


「ハハハ……」


 どこで繋がっているかわからないからな。

 とりあえず笑っておこうか。


「君……。なんならウチのメンバーにならない?」


 良かった。どうやら返金の話じゃないようだ。

 勧誘のことなら、答えは決まっている。


「ありがとうございます。僕はどこのギルドにも属さないんです」


「あらそう。残念ね」


 と言って、彼女は僕の頬を撫でた。


「可愛くて強い子は好きよ。ウフフ」


 うう。

 なんか色気が凄いな。

 

「いつでも歓迎するわよ♡」


 こういう所で働くのも悪くないのかなぁ?

 

 なんて思いながらも、僕はギルドを出た。


「よぉおおおおおし! 金は手に入ったーーーー!!」


 買うぞ買うぞ買うぞーーーーー!


 そして、ついに、


「買ったーーーーーーー! 転生ドラゴンの3巻!!」


 やったやったやったーー!!


「スンスンスン」


 と、匂いを嗅ぐ。


「あーー。この新本の紙の香りぃ。日焼けを知らない真っ白さぁ。たまらんな……」


 僕が大切にするからね。ふふふ。


 しかも、金はまだ40万コズンは残っている。

 これだけあれば半年は暮らせるだろう。

 

「よし。鳥牛コロッケを買って帰ろう」


 金が入ったら必ず買って帰るご馳走。

 味は最高に美味しくて、なにより片手で食べれる。

 これが凄まじく便利で、小説を読みながら食事を取ることができるんだ。

 もう、3日分買ってやる。

 そして、家に帰ったら転ドラを、

 

「よぉおおし、読むぞぉおお! うひょぉおおおいッ!!」


 僕は奇声を発しながら帰路に着いた。




 翌日。


 僕のボロ小屋は静寂を保つ。

 そっと壁に耳をやれば、クククという僕の笑い声が聞こえてくるだろう。

 

 今、転ドラの3巻を3回ほど読み返したところである。


「面白い……期待以上の面白さ! 何回読んでも面白い」


 もう、朝だというのに、窓も開けず。その隙間から漏れる日の光で文字を読む。


「ククク。ここの展開、秀逸だなぁ……」


 ペラリペラリと、ページを捲るたびに幸せが訪れる。

 もう、何回も繰り返しているので、次の文章は空で言えるほどではあるが。


 ああ至福。

 最高の時間。

 右手には朝食の鳥牛コロッケだ。

 完璧の読書スタイル。

 紅茶にはたっぷりのミルクと砂糖を入れた。

 ゴクリと飲めば、脳に糖分が行き渡って爽快である。

 僕の幸せ、ここに極めり。


 今日1日は行間の考察で楽しもう。

 何行空いているかで意味が変わって来るからな。


 そんな時である。

 僕のボロ小屋の前に、馬車が止まる音がする。


 ここは王都から離れた森の中。

 人なんか、めったに来ないのに?


「なんだろう?」


 と、扉を開けてみる。

 それは豪奢な馬車だった。

 白く立派な馬がブルルと鼻息を出す。


 はい?


 その周辺には鎧を纏った兵士たち。

 馬車から降りたのは、1人の少女だった。


「え?」


 彼女は僕を見るなり満面の笑み。


「カウト様ぁ。逢いたかったですわぁ♡」


「はい?」


 彼女はガバッと僕に抱きついた。


「いや、あの……何?」


わたくしのこと。お忘れですか?」


 と、翡翠色の釣り上がった目をキラキラとさせる。

 ボリュームのある、輝く金髪。


 忘れるはずがない。

 昨日、城まで護衛した、王都の姫君だ。


「ラシュエザです! ラシュエザ・フォン・バーレンシュタインでございます」


「……いや。それはわかったけどさ。どうして僕の家に来たの?」


「逢いたかったからですわぁ♡」


「はい?」


「カウト様♡」


 やれやれ。

 なんだか面倒くさいなぁ。


「カウト様ぁ。ラシュは逢いたかったですわぁ♡」


 彼女はホワイトパールのような白く輝く肌を、目一杯僕の胸に擦り付けた。


 一応、お姫様だからな。

 無下にはできない。


「お姫様。どうして僕なんかに会いに来たんです?」


「んまぁ。姫なんて仰々しい。ラシュエザとお呼びくださいな」


 やれやれ。

 確か、彼女は14歳。僕より1つ年下だ。

 よし。


「じゃあ、ラシュエザ。会いに来た理由を教えてよ?」


「それは……。えへへ」


 彼女は顔を真っ赤にして僕の胸に顔を隠す。


「おい。いいから教えてくれ」


「そ、それはですねぇ……きゃは♡」


 なんだなんだ?

 王族の反応は全くわからん。

 僕は小説が読みたいんだがな。


「暇じゃないんだけど?」


「あは。そうでしたわね。えへへ……。ラシュは……。その……。えへへ。恥ずかしいですわ」


「なんのこと?」


「カウト様は……。メテオナルドラゴンと戦われていたでしょ?」


「ああ。それがどうかした?」


「その時の勇敢なお姿が……。もう、ラシュの目から離れませんの」


「え?」


「ラ、ラシュは……。カウト様のことが……」


「はい?」


「好きになってしまいましたの!」


 ええええ!?

 なんじゃそりゃ??


「君はさ。僕と初めて会った時……」


 僕は明確に覚えている。

 あの冷たい視線。


『期待はずれね』


 そう、彼女は確実にそう言ったんだ。

 その後なんか、ライオッグの言葉に同調していた。


『姫様。こいつはただの雑魚。雑用係でございます』


『あらそう。雑魚なの。フフフ。では、くれぐれも、みんなの邪魔をしませんようにね』


 かなり冷たい態度だったぞ。


「君。僕のことを雑魚扱いしてたじゃないか」


「ギクゥウッ!!」


「それが急に変わって、好きになったなんて、気味が悪いよ」


「こ、これは……その……。あの時は確かに……」


「雑魚だと思ってたの?」


「違っ! 違いますの! 誤解ですのよ!!」


「誤解とは?」


「うう……」


 今度は目に涙を溜め始めた。

 何を考えているのかさっぱりわからん。


 彼女は頭を深々と下げる。



「ごめんなさい!」



 え??

 ひ、姫が僕に頭を下げるだと?


「どういうこと?」


「あの時は……。確かにバカにしておりましたわ。だから、謝りますの。ごめんなさい」


 と、もう一度、深々と頭を下げる。

 

 こんなに真剣に謝られたんじゃな。

 許すしか選択肢はないだろう。


「頭を上げてよ」


「あは♡ じゃあ許してくれますの?」


「う、うん……」


 まぁ、そんなに気にはしてなかったけどね。

 所詮、彼女は王族で、ド平民の僕とは住む世界が違うんだからさ。


「カウト様ぁ♡」


 彼女は再び僕の体を抱きしめた。


「おいおい」


「ラシュは強い人が大好きなんですの♡ ドラゴンとの戦いは圧勝でしたわ。あんなにお強いなんて、ラシュは憧れてしまいます」


 うーーん。

 そう言われてもなぁ。

 勝てる敵に勝っただけの話で、別に大したことではないんだ。


「今日はカウト様にお礼をしに来ましたのよ♡」


「お礼?」


「当然ですわ。命の恩人ですもの」


「……いや。仕事だったからな。当然のことをしたんだけどね」


 まぁ、雑用係の時間外労働だったけどね。


「いけませんわ。カウト様は特別です。あのドラゴンとの戦いは尋常ではありませんでしたもの。カウト様以外は攻撃すら通じませんでしたわ」


「んーー。まぁ、そうかな?」


「そうですわ! カウト様がいなければ全滅でしたわ! 城の兵士でもカウト様に感謝をしている人がたくさんいますのよ」


 へぇ。

 そうなんだ……。

 白銀の牙の連中とは大違いだな。

 彼らは感謝の言葉すらなかったよ。

 お礼を聞いたのはヒナエさんくらいだったな。


「カウト様には、それ相応のお礼をしませんと。なんでも言ってくださいましね。できる限るのことをいたしますわ」


 な、なんでも?

 できる限りだと?


「うふふ♡ 何か欲しいものはありますの?」


 うーーむ。


「ない」


「えええええ!?」


「もう買ってしまったんだよ」


「そうだったのですね。ではでは、これからお食事に行きませんこと? 豪華な食事をご馳走いたしますわよ?」


 うーーん。

 食事は鳥牛コロッケがあるからな。

 それより、今は転ドラの考察に浸っていたい。


「遠慮しとくよ」


「ええええええ!? な、なんて無欲なお方なのでしょう! ラシュは益々、好きになってしまいましたわぁ♡」


 いや、僕は欲望の塊なんだがな。

 それに、


「君って、隣国に婚約者がいるんだろ? 僕の所に来てもいいのかい?」


「そ、それは親同士が決めたことですわ。相応に恋心なんてありませんもの」


「ふーーん」


 しかし、それでも、王族と関わるのはなんだか面倒だ。


「じゃあ、僕は用事があるから帰ってもらっていい?」


「ええええええ!? お礼はどうすれば良いのでしょうか?」


「ん。考えとくよ」


「必ずですよ! ラシュは待っていますから!!」


 そう言って帰って行った。


 よしよし。

 邪魔者はいなくなった。

 ではゆっくりと、鳥牛コロッケでも食べながら、転ドラを1巻から読み返しますか。ふふふ。


 そうして、昼になった。

 読書の姿勢に疲れてきた頃。

 家の前に馬が止まる音がした。


 次はなんだ?


コンコン。


 と、家の扉をノックする。


 ラシュエザが戻ってきたのだろうか?


「あのさ。僕は忙しいと言っ────」


 扉を開けると良い匂いがする。

 眼前には私服姿のヒナエさんが立っていた。


 その微笑みは、僕の読書疲れを忘却の彼方へとぶっ飛ばす。


 な、なんで彼女が??

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