第6話 僕の報酬

 絶命したメテオナルドラゴンは大きな魔晶石へと変わった。

 通常のモンスターは小石ほどの大きさの魔晶石だが、こいつは違う。

 握り拳一個分はあるだろか。


 ギルドのルールがあるからな。

 魔晶石は倒した者が取得する。

 まぁ、当然といえば当然だ。


「だから、これは僕の物だ♡」


 その後、僕たちは無事に王都ロントモアーズへと到着した。

 護衛は完璧。姫を王城へと送り届けることができた。


 さて、ふふふ。

 報酬報酬♡


 僕たちは白銀の牙が根城にするギルドの酒場へと向かった。

 ここの2階がギルドの事務所。

 偉そうなギルド長、オーキンがいる部屋だ。


 少し、いや、かなり期待している。

 なにせ、僕はドラゴンを倒したんだからな。

 あのオーキンがどんな対応をするのだろうか?

 やはり、絶賛の荒らしで、特別給与が貰えたりしちゃうのだろうか。

 ワクワクが止まらん。


 が……しかし。


 聞こえてきた来たのはドスンという机を叩く物騒な音である。


「何ぃいいいいい!? メテオナルドラゴンをカウトが倒しただとぉおおお!?」


 おいおい。

 反応が違うじゃないか。


 彼はギロリと僕を睨み付けた。


「カウト。これはどういうことだ!?」


 え?

 なんで怒られるの?


「あのぅ……。僕がドラゴンを倒したんですけど?」


「そんなことはわかってる!」


 じゃあなんで怒ってんだよ!

 仲間のピンチを救ったんだぞ!?

 お礼が先でしょうに!


 彼は奥歯を噛んで僕を睨んでいた。


 いやいやいや。

 だから、他人とコミュニケーションを取るのが嫌なんだ!

 想定外の反応がありすぎる。


「答えろ! 貴様は何者だ?」


「ええ?」


 ただの陰キャで引き篭りです。あと、魔法学園を中退してます。

 とは、とても言えない雰囲気だな。


「べ、別に大した者じゃないですよ。僕はただ、報酬が欲しいだけです」


「大した者じゃない? ふざけるな! メテオナルドラゴンは国を滅ぼすほどのモンスターだぞ!? そんなヤツを倒すなんて、相当な手練れなのは言うまでもないんだ!」


 そう言われてもな。

 初歩魔法の 氷壁アイスウォールなんて、魔法使いなら誰でも使えるし。

 それをただ1万倍にしているだけにすぎない。

 幼い頃から自然にできた空気みたいな特技なんだよな。


「いや……。別に、本当に大した者じゃないんです。ただの本好きですよ」


「どこのギルドにも属さず。お前の噂など聞いたこともない」


「ははは……」


 引き篭もりの無職ですから。


「ニタニタ笑いやがって! とにかくお前の実力は相当だ。リエルナさんがお前を推した理由がわかったよ。ったく」


 リエルナは僕の叔母。

 王室で書記官の仕事をしている。


 それにしても随分とご立腹だな。

 なんで怒ってんのか皆目検討がつかないや。


 彼はもう一度、ドンと机を叩いた。


「どうして隠していたんだ!?」


「え?」


「強力な氷魔法が使えることをだ!」


「僕の 氷壁アイスウォールは初歩魔法ですよ?」


「黙れ! ヒナエから聞いた! なんでも1万倍の威力を無詠唱で出せるそうじゃないか!」


 ああ、知っているのか。


「そんな力を持ちながら、ど う し て 黙っていたんだぁああ!?」 


「ああ。それは、あなたが断ったからじゃないですか?」


「な、何をだ!?」


「初めてここに来た日。僕はテストをして欲しいって言ったんですよ? それをあなたが無駄だからって断ったんですよね? それで雑用係に認定した」


「はっ……!」


 彼は顔を赤らめた。

 きっと理解をしたのだろう。自分のミスに。

 その証拠に「ちぃいッ!」と舌打ちした後に、言及しなくなった。


 普通は謝罪なんだがなぁ。

 ギルド長なんだからしっかりして欲しいもんだよ。まったく。


 オーキンはみんなに報酬を配った。


 うは!

 待ちに待った報酬だ♡

 金さえ貰えれば、嫌なことなんて全部吹っ飛ぶ。


 僕の手には金貨1枚が乗せられる。


 はい?


「10万コズンだけ?」


「そうだ」


 え?

 なんかやけに少なくない?


 10万コズンといえば、飲食店従業員の2ヶ月分くらいの給料だ。

 それを2週間で稼げたのだから、まぁ、それなりに多くはあるのだが……。

 今回の任務はS級クエストだからな。報酬はもっとあるはずなんだ。


 案の定。

 他のメンバーに配られていたのは金貨10枚だった。


 いやいやいやいや!


「待ってください! 僕が10万で、他の人が100万コズンっておかしくないですか!?」


 他の人より多くくれとは言わないが、せめて同額は欲しい!


「仕方ないだろう。お前は雑用係だったんだからな」


「はいい?」


「雑用だけで10万も貰えるんだぞ? 感謝して欲しいくらいだ」


 いやいやいや。


「でも、僕は────!!」


「なんだ?」


 んぐ……。


 みんなの命を助けた、と言いかけて黙る。

 自分の功績を自慢しているみたいで嫌になる。


「お前は、雑 用 係 だ !」


 くぅーー!

 この人、嫌いです。


「あのオーキンさん……」


「なんだヒナエ?」


「カウト君はみんなの命を助けてくれました。彼がいなければみんな死んでいたんです」


「だから?」


「彼にも、私たちと同額の報酬を渡してあげてください」


「ダメだ!」


「なぜです!?」


「ギルドの決まりだ。雑用係は金貨1枚。私はルールに従っているだけにすぎん! それに、そもそも、全員が無傷というわけではない。ギルド員が何人か命を落としたしな。ギルドの損失もあるんだ」


 はぁ……。

 やれやれだな。

 確かに、モヒカンは助けられなかったけどさ。

 あれは自業自得なんだよなぁ。

 それに、ギルドの被害は、僕を前線に入れなかったことが要因なんだよな。僕が単騎で動いていれば、被害は最小限で済んだんだ。

 ルールなんて言ってるけど、結局、自分のミスは棚に上げて、僕にお金を出したくないだけなんだ。


「ライオッグさんもなんとか言ってください! カウト君がいなければ、あなたは火傷だけで済まなかったはずです!」


「……た、確かにな。しかし、初めから助けてくれても良かったんじゃないか? わざわざ俺たちがピンチになってから動くなんて、タチが悪いだろう」


「それは私たちが悪いんです! 彼を雑用係と認定して、強さを当てにしていなかったんだから! オーキンさんもライオッグさんも、彼には雑用仕事を押し付けて、戦力としていなかった! もっと初めに、彼が提示したようにテストをして、彼の実力を認めていればこんなことにはならなかったんです! 彼が雑用外の仕事として、戦ってくれたから、私たちは助かったんですよ!!」


 事務所内は静寂に包まれる。

 ヒナエさんの言葉に何も言い返せなくなったのだ。


 やれやれ。

 これが答えか。

 結局、自分たちの悪い所は認めようとしないんだ。

 卑怯な人たちだなぁ。


「ヒナエさん。ありがとう。もういいよ」


「カウト君……」


 僕はお礼の言葉を大きな声で言った。

 それは抑揚がなく、まったく心が篭っていない。



「お世話になりましたーー」



 こんなギルドとは2度と関わらないでおこう。


 僕は家に帰ることにした。


 途中、本屋の前で立ち止まる。

 そこは綺麗な建物で、客層はほとんどが貴族か王族だ。

 なにせ、高価な本が売られている場所なのだから。


 そこには、冒険活劇小説、転生ドラゴン。略して転ドラ。その最新刊である3巻が置いているのだ。

 その値段はおよそ80万コズン。


 とても、10万コズンじゃ足りないんだよなぁ……。


 ああ、当座の生活費にはなったけどさ。

 3巻が手に入らないんじゃなぁ。

 読みたかったな……。

 うう……。

 本当に読みたかったよぉ。


 僕はガックリと肩を落とす。


 ……待てよ。


 そうか。すっかり忘れていた。


 この胸の異物感。

 

「……ふふふ。落ち込むのはまだ早い。僕にはこれがあったんだ」


 と、懐から取り出したのはメテオナルドラゴンの魔晶石だった。


 これをギルドに売れば高値がつくはず。

 魔晶石は武具や魔法アイテムに使ったりする貴重な材料だ。

 強力な魔晶石はギルドにとって有益なんだ。

 でもな、

 

「オーキンさんよ。悪いがあんたのギルドでは売らないぞ。他のギルドで売ってやるからな!」


 白銀の牙のライバルギルド、漆黒の羽。

 僕はそこへ行くことにした。

 ギルドの受付嬢は目を見張る。


「ええ!? こんなに大きな魔晶石をどうやって手に入れたのですか!?」


「なぁに、ちょっと大きなモンスターを倒しただけさ」


 僕の濁した解答に、受付嬢は詮索をやめた。


「売ってくれるのはありがたいのですが、これを手に入れたのは、漆黒の羽でクリアした仕事ではないですよね?」


「う……」


 ライバルギルドでやった仕事とは言いにくいな。


「申し訳ないですが、その場合、半分の買取額になってしまうのですが、よろしいですか?」


 うーーむ。

 かなり勿体ないがこの際だから仕方ない。


「買ってくれるならそれでいいよ。いくらになりますか?」


「100万コズンです」


 ひゃ、100万!?

 半額でそんなに!?


「なんだか申し訳ないですね。こちらがかなり徳をしてしまいます」


「いや。いいよ。それで十分だ。直ぐに換金してください」


「はい。毎度ありがとうございます」


 眼前には金貨10枚が積まれる。


 やった!

 これで転ドラが買えるぞ!

 

 ギルド内は騒ついていた。


「おいおい。金貨10枚だってよ」

「すげぇな。新人か?」

「魔晶石だけ換金に来たんだと」

「へぇ。変わってんなぁ」


 そんな中、1人の妖艶な美女が僕に近づいて来るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る