第3話 モヒカンのざまぁ

 彼女は単騎で配置されているはず。

 それなのに、どうして荷台に?


「ローテーションの変更でね。休憩がてら、この馬車に当てられたのよ」


「……そうなんだ」


 でも、荷台は広いんだぞ。

 どうして僕の横に?


「ウフフ」


 それは、この護衛任務では感じたことのない、僕に対する優しい笑みだった。

 

「護衛は順調だし、もう大きなことは起こりそうにないからね。かなり安心してるのよ」


 うーーむ。

 だからってこの笑みは凄いな。

 彼女は普段からこうなのだろうか?

 本当に僕とは住む世界が違う人種だ。


「何もせずに荷台に乗ってるだけっていうのも退屈でしょ? 私はヒナエ・オルド・グラネルゼ。年は17よ。よろしくね」


 オルドはセンターネーム。

 グラネルゼといったら男爵だな。

 彼女は貴族の娘なのか。


「僕はカウト・ゼバース。15歳です」


 あなたとは違ってド平民ですよ。

 なので名前が短いんです。センターネームはありません。


「じゃあカウト君って呼ばしてもらうわね」


 おお。

 なんとも気軽に距離を詰めてくるな。

 学校にいる時は遠い場所からこんな女の子を見つめていたな。男子からモテモテで、生活が充実してる。だからいつも笑顔なんだ。

 正に、今、目の前で彼女が放つオーラがそれだ。

 彼女はスクールカースト上位勢の人種。僕は底辺勢なんだ。陽気な圧が凄いよ。

 

「フフフ。年下だったのね」


 この笑顔。

 上位勢の余裕か。


「普段は何をしているの?」


「まぁ、家に篭って読書ですね」


「へぇ。素敵ね」


 いや、素敵ではない。

 窓を閉め切った暗い部屋で、蝋燭の灯りを頼りに冒険小説を読み耽るんだ。

 ときおり「ふふふ」とほくそ笑みながらね。

 不健康この上ない。


「私もね。剣技の練習の合間にね。部屋に篭ってピアノを弾いたり、詩を書いたりするのよ」


 同列で語んな!

 君のは眩しいよ!


「お日様の光が白い鍵盤を照らすのよ。ウフフ。素敵でしょ?」


 眩しすぎる!


「じゃあ、休日は?」


 え?

 うーーん。


「まぁ、休日も読書かな」


「あらそう……」


 一応、会話のキャッチボールが必要か。

 興味はないが聞かなければ人間失格のような気がする。


「あなたは?」


「私はパーティーかしら。あとは友達を誘ってお茶会とかね」


 眩しいぃいいいいいッ!!

 まごうことなきスクールカースト上位勢!

 友達ってなんですか?

 お菓子の名前かな?


 ああ、聞くんじゃかったよ。


「良かったらカウト君もお茶会に来る? 楽しいわよ?」


「いえ。結構です」


 おいおい、かんべんしてくれよ。

 カースト上位勢に混ざって、底辺勢の僕が何を話せばいいんだよ。そんなことをすれば、たちまち五臓六腑まで石化してしまうことだろうよ。殺す気ですか。

  

 それにしてもお嬢様だな。

 ピアノ弾いて詩書いて、パーティーにお茶会。

 彼女はS級剣士なんだがな。


「とても冒険者の日常とは思えないですね?」


「……家が、男爵家だからね」


 おっと、悲しげな顔。

 これは事情がありそうだぞ。

 でも、僕は興味がない。

 悪いが君とは住む世界が違うのでね。


 あんまり深く聞くのはやめておこう。


「私が冒険者をやってる理由。知りたい?」


 僕は顔を振った。


「根掘り葉掘り聞くのは悪いですよ」


「……そう。カウト君って優しいのね」


 いやいや。

 関わりたくないだけです。


「男の人って、私のことを知りたがるのにね」


「ははは」


 今度はモテ自慢ですか。


 彼女は顔を近づけた。


「カウト君って他の男の子とは違うわね?」


「そうかな? ははは」


 マジマジと僕を見つめる。


 圧、圧!

 上位勢の圧が凄いって。

 よく、こんなにも他人と親しく話せるもんだなぁ。感心するよ。


「君は冒険者には向いてないわね」


「そう……かな?」


「だって弱そうだもん、フフ」


 やれやれ。

 なんとも無邪気にディスってくるなぁ。


「このクエストが終わったらギルドには関わらない方がいいわよ。今回は上手くいったけどさ。いつ命を落とすかわからないもの」


 うーーむ。

 上位勢の余裕なのか。

 それとも心配性なのか。

 どちらにせよ、僕を心配してくれているのは、まぁ嬉しいかな。


 こんな感じで会話が進む。

 丁度、彼女が趣味の話に没頭した時である。


「私ねぇ。アップルパイを作るのにハマって──」



ドドドドドドドドドドドドッ!



 突然、地響きが起こる。


「キャッ! 何!?」


 敵かな?


 馬車は転倒した。


 やれやれ。

 こんなパターンは初めてだぞ?


「ヒナエさん。大丈夫?」


「ええ。私は平気……君は?」


 幸い、僕たちに怪我はない。

 急いで荷台から出て外を見た。


 彼女の声が空に響く。


「こ、これは!?」


 そこには大きな竜が立っていた。

 全身は真っ赤。

 大きさは、優に30メートルは超えているだろう。

 竜が唸り声を上げると、口の隙間からわずかな炎が漏れていた。


 スキンヘッドのライオッドの声で、場は更に緊張する。





「メテオナルドラゴンだ!!」




 

 ほう。

 随分と立派な名前だな。


「カウト君、気をつけて! あれはS級モンスターよ!」


 なるほど。

 オババ様の占いは当たっていたわけだ。

 紅蓮の逆鱗とは赤い鱗。つまり、S級モンスター、メテオナルドラゴンのことだったのか。


「私は姫様の馬車を見て来るわ!」


 と、その時。

 男の声が聞こえる。


「ヒィーーーー! だ、誰かぁ!?」


 この声。

 モヒカンだ。


 声の方へ行くと。

 あの、僕に意地悪をしていたモヒカンが、馬車の下敷きになってうめき声を上げていた。


「何をやってるんです?」


 彼は僕を見て、泣きそうな顔になる。

 その声は弱々しい。


「た、助けてくれぇえ〜〜。体が挟まれて動けねぇんだよぉ」


 おいおい。

 S級冒険者が、頼むよ……。


「やれやれ仕方ないなぁ──」


 と、手を差し出そうとした瞬間。

 彼の言葉が脳裏を過ぎる。


「待てよ……」


 そういえばコイツ……。

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