第8話 対抗心
「今日は、一緒にカフェでも行きましょう」
帰りの号令が終わると共に玲香がそう言ってきた。そういえば、昨日そんな事を言っていた気がする。冴との事ですっかり頭から抜け落ちていた。
「あっ、そうだな。約束通りに」
「はい。楽しみです」
じゃあ行こうか、と玲香と共に教室を出ようとすると
「ちょっと清野さん待ってくれない?」
そこには俺の“裏彼女”がいた――
「月花さん、どうしたの?」
「実は今日さ、神代君が塾で早く帰っちゃう日なんだよね。でもカフェの期間限定も今日からだし……ってことでよければ一緒に行かない?」
「大河君、どうします?」
「まあ、冴とは昔からの仲だから俺は大丈夫だけど」
「そういえばそうでしたね。私も断る理由はないし、一緒に行きましょうか」
「ありがとう!」
それにしても冴の奴……なんでこんな事を? バレるリスクが高まるし、俺と冴は疎遠気味って感じになってるし。
「あっ、私はお手洗いに行きたいので、先に2人は正門まで行って待っててください」
「おう、分かった」
そして俺は心の中でガッツポーズをする。冴と2人きりになることで、この行動の理由を聞こう。
2人になったタイミングで俺は、冴に話しかける。
「何でこんなことをしたんだ? バレる可能性がただ上がるだけだろ?」
俺がこう問いかけると、冴は
「だって、いつも大河は清野さんといるじゃん。私だって、一緒にいたい」
それは隠れた関係だからこその問題だった。確かに“表彼女”の玲香となら何も問題はない。ただ、冴は“裏彼女”。お互いにパートナーもいるし、怪しまれるので変なことはできない。普通の恋愛のようなことはなかなかできない、っていうのが冴には耐えられないのだろう。
俺は玲香についても好意的な感情を持っていた。だからすんなりとこの関係に落ち着いた。ただ、冴は俺への色々な感情があって無理やり作った彼氏だ。神代に好意的な感情はあまり持ってないだろう。だからこそ気持ちは溢れていく。
「まぁ分かるけどさ、流石に学校がある平日は難しいんじゃないか?」
「やだ、一緒にいたい」
「って言ってもなぁ」
流石に冴と絡むのはリスクが高く、なかなかOKと言いにくい。神代との関係も上手く使ったりしてできないことはないが、どうしてもバレるリスクは高まってしまう。
「大丈夫。一応、私は大河の親友だし」
「でも最近話してなかったし」
「そこはお互いの恋人が、とか言い訳すればいいんだよ。大丈夫」
「うーん」
俺が決めかねていると、冴はある事について言い出した。
「今日の昼さ、楽しそうに2人で弁当食べてたよね?」
「そ、そんな事はねぇよ」
「それにしては手作り弁当も美味しく食べてたみたいだけど?」
「うっ。知ってたのか」
「まぁね。いいでしょ? ねっ?」
「そう、だな。まぁ、バレないように気を付けて」
ついに俺は折れてしまった。弱みを突かれると流石にきつい。そういや、昔から冴はこういうの得意だった気がするな。
「お待たせしました。じゃあ行きましょうか。歩いて10分ぐらいのところにカフェがあるって本当良いですよね」
正門で玲香と合流し、3人でカフェに向かう。この現状が慣れてないというか、異質と言うか……とてもドキドキしてしまう。
「ま、まっそうだな」
正直、簡単な返事や相槌で精一杯だ。
「そういや、月花さんって大河君と友達なんですよね?」
「そうだよ!」
「それにしてはずっと交流がなかった、と思いますが」
「まぁ、恋愛事情とかでね。清野さんも他の女の子がいると気になっちゃうでしょ?」
うわぁ、冴……めっちゃ対抗心燃やしてるな。上手く話しつつ、相手を探ったり弱みを握ろうとしたりしているのが見える。
「まぁ、そうですね。大河君もそういう事なら言ってくれればいいのに」
「あっ、ああ。でもその時は玲香と付き合うので精一杯だったしな。なんやかんやで疎遠になっちゃってたな」
「それは、ちょっと嬉しいです」
「嬉しい?」
「私だけを見てくれたから」
またズキリ、と心が痛む。ただこの痛みはしょうがない。だって俺はこの道を選んだから。冴は、
「ふーん、2人はめっちゃ仲良いんだね。羨ましい限りです」
と俺たち2人に言った。うわぁ、凄い嫌味だ……
「そうですね。仲はとても良いです。大河君は良い人ですから。月花さんの方は?」
「そっか。私の方は、そんなに仲良くないよ。一応、ビックカップルって言われてるけどさ」
「そうなんですか。難しいですね」
実際、神代の行為をただ受けるだけの冴は苦しいのだと思う。まぁ、それを理由にして別れようとしているのだけど。
「まぁでも今日は2人に入れてもらえてよかったかな! 今度からもお願いしたいなぁ」
「分かりました。その時は考えますね。どうしても2人きりでいたいときは、その、ごめんなさい」
「あっ、そうだよね。しょうがないよね」
「でも基本的には気にしなくていいですよ」
「えっ?」
そして、玲香は俺を見てこう言った。
「私は、絶対に負けませんから。大河君を思う気持ちはとても強いですし」
その表情は凛々しく、決意したような表情で。
「それはとても嬉しい。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそですよ大河君。これからも2人で思い出作りましょうね、えへへ」
その可愛い表情をしている玲香とは対照的に冴の表情は曇っていて、どこか怒っているような感じで。
「あっ、そう……ふーん」
俺、本当に耐えられるのか?
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