第5話 好きな人と彼女

 俺と冴は、隠れて付き合うことになった。


「でもほんとに申し訳ないな。俺がもう少し素直ならさ、こんなややこしくならなかったわけだし」

「まっ、でもこうして戻れたわけじゃん? 私は嬉しいよ」

「そうだな」


 ただこの秘密の関係は、絶対にバレてはいけない。バレると地獄絵図が待っているから。それに俺は、まだ今の日常を捨てきれない――


「そういや清野さんに連絡した?」

「えっ、どうしてだ?」


 俺は冴の問いが分からず、冴に問い返す。



「毎朝登校してるんでしょ? 明日はそのまま私の家から通うからさ」

「あーそっか。でも何て言おうか?」

「そうだなぁ。朝、腹痛だから先行ってて、とか?」

「なるほど。その手でいこう」

「私もそれ使お」


 改めてこの関係の難しさを感じる。少しの事でバレてしまうかもしれない。マッチ1本が大火事の元になるように。


「大河はさ、清野さんが好き?」

「いいや、俺は冴が好きだ」

「よかった。えへへ」


 俺は少し嘘をついた。俺は確かに冴が好き。でも玲香の事を何も思わない、なんてこともない。

 玲香とはもう少しで1年付き合ったことになる。玲香も美人だし、この1年弱で玲香の良い所もたくさん知った。

 きっと俺は最悪な奴だ。玲香にも俺は好意的な感情を持っている。“好き”とまではいかないが。


「とりあえず、バレないようにしないとな」

「一応、明日の朝とかは気を付けよう。2人で会うときとかも、怪しまれないようにね」

「そうだな。それに俺たちは疎遠、というか距離が離れてたわけだし。学校でもバレないようにしないと」

「だねぇ。そこは上手くやれるか不安だけどよろしく」


 ここで俺は冴に質問する。


「冴は、神代に対してどう思ってる?」

「うーん……イケメンでハイスペックだとは思うけど、やっぱ地雷なんだよね。色々束縛してくるしさ」

「俺といる時は気にせずに前みたいにしていいぞ」

「ありがとう。っていうか、もう大河が隣にいるし……束縛は無視しちゃおうかな。そしたら別れやすそうだし」


 神代ってそんな奴だったのか、と思う、とても意外だ。

 ただ、そういう奴はいるよなって思う。イケメンだから運動はできる、可愛い子だから下ネタは言わない、とかな。理想を押し付けるなよ全く。


「でも清野さんは良い人なんでしょ?」


 俺は冴の問いで色々思い出す。


「なんで俺なんかに告白してくれたんだ?」

「隠れて良いことをしたり、優しいところが好きなんです」

「そうか? 俺はそんな優しい人ではないと思うけどな」

「そんなことはないですよ。橘君は、私も助けてくれたじゃないですか」


 玲香は最初、そんな事を言ってたっけ、


「それはあれだよ。なんか自分の席周辺で話している人がいて、迷惑そうに感じていた清野さんが見えたから」

「ほら、そういうところです。そこから気になり始めました」

「まぁあれは、何か俺も腹立ってたし」

「それに嫌なことを率先してやったり」

「それは、やらない人がいて揉めるのが嫌だからだよ」


 でもそんな隠れていたところを見てくれて、好きになってくれるなんて本当良い子なんだなと思った。



「そうだな。玲香は良い人だ。だからこそ、俺にはもったいない」


 俺は冴の問いにこう返す。玲香は、俺の事を優しいと言っていたが実際は違う。何なら今の状況は間違いなく悪い子だ。

 だからこそ、もったいない。玲香には、もっと良い人がいるだろう。


「だから別れるのは難しそうだよね。無理に別れてみることもできるけどさ」

「それで冴と付き合ったら、マジで孤立しそうだな」

「だねぇ。それに将人のこともあるしなぁ」


 俺の元親友の将人は、玲香が好きでよく俺たちに相談していた。それで俺が付き合い始めて、嫌われないわけがない。


「まあ。とりあえずは隠れて付き合ってみようか」

「そうだな」

「清野さんの方に行っちゃったらダメだよ?」

「そんなことはねぇよ」


 玲香の事も魅力的に思うけど、それ以上に冴が好きだから。


「それとイチャイチャもなるべくしないでね? バレないようにやるぐらいまでだよ?」

「分かってるよ。それに玲香とは手を繋ぐところまでだし」

「そうなの?」

「冴の事をずっと思っていたからな」

「嬉しいよ。私も一緒」


 そういって俺と冴は、手を繋いで、お互いの体温を確かめる。


「じゃあさ、キスしようか?」

「……俺もしたい」

「じゃあ、するね?」

「ああ」


 

 こんな不純な関係が上手く行くか分からない。色んな人との問題もある。けど今は、どうだっていい。冴がいるなら……


「大河、大好きだよ」

「冴、俺もだ」

「これからもずっと一緒にいようね? 今度は離れないでね?」

「もちろん」



 そうしてずっと好きな人とキスまでしたのに。やっと好きな人と本当に仲直りして、不純だけど一応付き合うことになったのに。




 なんで俺は、ずっと玲香のことを気にしてるんだよ――



 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る