第5話 真愛
―――
「僕を……捨てて?」
僕の発した穏やかでない言葉が、静かな部屋にこだまする。目を見開いたままの城田さんに焦れてもう一度口を開いた。
「城田さん。」
「何でそんな事を言う?」
普段よりワントーン低い声と何処か悲しげな瞳に見つめられる。僕はそっと目を逸らした。
「何があった!おい!!」
肩をガクガクと揺さぶられ、否応なく視線がぶつかる。
逃さないとでも言いたげな光を目に宿していて思わず怯んだ。だけど意を決して口を開いた。
「だって……」
「ん?」
優しい相槌に泣きたくなる。何で今日に限って優しいんだろう。
「本命の彼女が、いるんでしょ?」
「……は?」
「だから僕が……浮気なんでしょ?付き合ってるなんて思ってたのは僕だけで、貴方にとっては僕なんてどうでも良かったんでしょ?」
城田さんの顔が見れなくて俯く。目を閉じたら涙が一滴頬を伝った。
「顔上げろ。」
城田さんの言葉にまるで駄々っ子のように頭を横に振る。だけど無理矢理に顔を上げさせられた。
「何で……そんな風に思った?」
「だって女の人と歩いてた。2週間前、仕事だって僕に嘘ついて女の人とデートしてた!」
自分でも驚く程の大声が出たがもう止められなかった。
「綺麗な人だね。スタイルも良くて。その時僕思ったんだ。あぁ、僕は浮気相手なんだな。だから手も繋いでくれないし、キスもしてくれないんだ。でもそれなら何で僕を受け入れてくれたの?僕みたいなつまんない男と半年も一緒にいるなんてどういうっ……!」
「黙れ!」
城田さんの苛ついた声が聞こえた瞬間、温かいぬくもりが僕の体を包んだ。
ビックリしてすっかり涙の止まった目を見開くとすぐ側に城田さんの後頭部が見えた。
「城田さっ……!」
「何も言うな。」
有無を言わせぬ口調に、言葉が途切れる。
「まずお前は誤解している。翠とはそんなんじゃない。あいつはただの幼馴染だ。」
「幼馴染……翠さんっていうんだ、あの人。」
「黒木翠。家が隣同士でな、昔からの腐れ縁だ。」
いつもとは違う優しい城田さんの声と力強い腕に、段々と落ち着きを取り戻していく。
だけどまだ引っかかるものがあって僕は口を開いた。
「でもあの日、ジュエリーショップに二人で入って行ったじゃないですか。彼女の指輪でも選んでたんでしょ?」
「はぁ〜……」
城田さんのため息にビクッと体が震える。何を言われても受け入れるしかない、そう思って覚悟を決めた。
「……相談にのってもらってたんだ。」
「え……」
「あいつに相談してたんだ。」
「城田さんが、相談?」
自称一匹狼でオレ様な城田さんが誰かに相談するなんて信じられなくて、僕は思わず聞き返していた。
「あぁ。」
「どんな事で?」
「……お前の事だ。」
「僕?」
城田さんが自分の事で悩んで誰かに相談までしていたという事実に動揺を隠せない。
何かしてしまったのだろうか。それともどうやって僕と別れたらいいかの相談だろうか。
「どう接したらいいか、わからなかったんだ。俺は一匹狼だ。だから誰か一人と深く関わった事は今までなかった。……お前が初めてなんだ。自ら自分の事を話したのは。」
城田さんの腕の力が緩み、そっと離れていく体。
「最初は、その真っ直ぐなところに好感を持った。そして話を聞いていく内に段々と惹かれていった。気づいた時には……好きになってた。お前の方から告白されて、俺は舞い上がる程喜んだ。だけどいざ付き合うとなったらどうしたらいいかわからなくて、それであいつに相談したんだ。まだ手も握っていないって言ったら、殴られたがな。」
自嘲気味にそう言う城田さんに、僕の思考は途中からついていけてなかった。
ボーッとする頭でまだ続く城田さんの言葉を聞く。
「大事過ぎて手が出せないなんてな。でもそれだけ俺にとってお前は大切な存在なんだ。しかしそんな事で不安にさせてたんだな。悪かった。」
「そんな!僕の方こそ、勘違いだったみたいで……すみません。」
深く頭を下げるとポンポンと頭を叩いてくれる優しい手に、また涙が零れた。
「あいつとは本当に何でもないし、お前は浮気相手なんかじゃない。あの日は相談にのってもらった礼にネックレスを買ってやっただけだ。……納得したか?」
「一ついいですか?」
「何だ。」
「翠さんに相談したのって、いつからですか?」
「一ヶ月前からだ。」
彼の返事を聞いて、体から力が抜けていくのを感じた。彼の雰囲気が変わったと思ったのは丁度その頃からだ。
僕は思わず彼に抱きついた。
「大好き!」
「な、何だ、急に……」
途端に真っ赤になる横顔に、胸が苦しいくらいに高鳴る。どくどくと脈打つ鼓動が生きているんだという現実を教えてくれた。
「キス……して?」
彼に負けず劣らず真っ赤になる顔。だけど今、して欲しかった。
「友成……」
初めて呼ばれた自分の名前が特別なものに聞こえてまた涙腺が緩んだ。
「……愛してる、友成。」
「僕もです……」
振り向いてくれた顔はいつもの表情と違っていて。そしてあの時彼女に見せていた顔とも違ってて。
あぁ、僕にだけ見せてくれる顔なんだな、と思いながら目を閉じた。
「ん……」
「はぁっ……友成。」
離れていく唇を追っていると、城田さんの瞳と目が合う。ドキリと心臓が動くのがわかった。
「あ……」
燃えるような欲情と慈しむような愛情を感じて目を逸らす。
「こら、逸らすな。」
「あ、だって……」
「あいつに言われた。とにかく目を見つめろと。目は口ほどに物を言うらしいからな。」
そう言いながら僕の顎に手をかけて、無理矢理目を合わせようとする。仕方なく目を合わせて後悔した。
さっきよりも熱い瞳に見つめられていて、背筋がゾクッとする。
「好きだ。こんなに簡単な事だったなんてな、お前に触れるのが。ほんの少し勇気を出せば友成をこんな風にしなくて済んだのに。」
そっと壊れ物を扱うように頬に触れる指。城田さんの顔を見ると切なげに歪んでいて、僕もそっと彼の頬に指を這わせた。
「僕が勝手に思い込んだんです。貴方は悪くない。」
「いや、俺は自分が許せないんだ。あんな事を言わせた自分が。」
「それを言うなら僕も自分を許せないです。あんな事言ったせいでこうして貴方が苦しんでる。」
『僕を捨てて』だなんて口走った自分を殴ってやりたい気分だ。勝手に思い込んで、勝手に苦しんで。
不器用だけど優しい愛をくれていた城田さんを信じられなかった自分が、心底許せない。
彼は暇さえあれば僕の所に来てくれた。何か悩んでるのなら言えと言ってくれた。
ちゃんと見ててくれたのに。見てなかったのは僕の方だった。
「ごめんなさい、章さん……」
「友成……」
ギュッと抱きついて頬にキスをする。彼は最初は驚いていたようだったけど、それに答えるようにもう一度キスをしてくれた。体が密着する。
「今日からまた、始めないか。」
「え?」
「好きだ。付き合って欲しい。」
「……はい。」
少し震えた声の告白。彼の心臓の音が聞こえてきて、僕はそっと微笑んだ。
「友成……」
「……はい。」
彼が次に何を言うか何となくわかって、僕の体は少し強張った。
「……いいか?」
「はい。貴方になら僕の全部、あげたい。」
「……ありがとう。」
ゆっくりと体が離れていく。そしてそのまま押し倒された。
二人分の体重で軋んだベッドの音が、何処か遠くに聞こえた。
―――
僕に気づいて、と必死に叫んでる間。貴方はずっと僕に愛を注いでくれていた。
気づいていなかったのは僕の方。
疑って、信じられなくて。貴方の愛はすぐ近くにあったのに。
僕を見て、と声が枯れるまで呼び続けていた間。貴方はずっと側にいてくれた。
見ていなかったのは僕の方。
目を閉じて、耳を塞いで、自分の殻に閉じ込もっていた。
貴方はずっと僕を見ていてくれたのに。
貴方の愛に気づかなかった僕を、許して下さい……
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禁断の恋 琳 @horirincomic
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