第3話 エビ太郎、がざみんにやられる?!

 まぁ課長からは怒られてしまったが、結果としてこれで良かったと思う。


 さんざんコミュ障コミュ障とアピって来た彼女だ。もしコミュ障それがガチなのであれば、あそこまで噛みつかれたらビビってもう連絡はしてこないだろうし、課長から動いたとしても、いままでのように二つ返事ではないだろう。


 いや、俺の方を別部署に異動させる可能性もあるのか……?

 

 それはそれでエビ太郎から解放されてラッキーではあるけど……誰がやるんだよ、こんなの。まさか階上はしかみさん? 階上さんがOKしたのはがざみんの方であってエビ太郎じゃないんだぞ!? いくら「この年になったらもう羞恥心も何もないわよ!」が口癖の階上さんでもエビ太郎は荷が重すぎるだろう。彼女のお子さん達だって大好きなお母さんがリアルなエビ怪人になったら悲しいはずだ。もうお天道様の下を歩けないかもしれない。俺が背負うしかないのだ。


 とにもかくにもそれからはしばらく平和な日々が続いた。

 俺はあのリアルすぎてキモ可愛い枠ですらないエビ太郎の着ぐるみで宇部ドッグを売り、がざみんはちやほやされてツーショット撮影会をする、という。


 いつまでもこんな日々が続けば良い。

 そうだ、宇部市はこれくらいがちょうど良いではないか。


 別にご当地ヒーローなんかいなくたって。


 そう、思っていたのだが――。



『どうも、お久しぶりです』


 そいつは再び現れた。現れたというか、リモートなんだけど。


 画面の向こうには、スケッチブックを構えた眼鏡のアラフォーおばさん、宇部松清である。そしてこちらももちろん正装(エビ太郎&がざみん)でお出迎えだ。


『旦那から、さすがにマーベルはまずいと言われました』


 逆に言うと、旦那さんがNOと言わなかったらアレをごり押ししてたのか。まだお会いしたことありませんが、旦那さん、ありがとうございます。あなたが常識のある方で本当に良かった。


「宇部先生……っ! また宇部市に力を貸してくださいますか!」


 課長はわなわなと震えている。笠見さんは元気よく「まりん!」と鳴いている。もうここまで来たら勝手にやってくれと思わないでもないが、どういうわけか俺もまた同席させられているのである。


『もちろんです。私に出来ることなら』


 いやもうこちらとしてはいくらか握らせてでもお断りしたい所存でございます。


『と、言いたいところなのですが……』


 そう言って、手に持ったスケッチブックをぱたり、と置く。んなぁっ!? と課長が腰を浮かせた。


「せ、先生、どうしたというのですか!? やはり等々力君のせいで……?!」

『いえ、彼は悪くありません。すべては私の至らなさが原因です』


 よよよ、と、服の袖を口元に当てて、目を伏せる。時代劇の女優さんなんかがやるやつだ。正直な感想としては、こんな仕草、リアルでやるやついるんだ、である。はっきり言ってわざとらしい。


 が。


「そんな! 宇部先生は何も悪くありませんよ! すべてはこの! 等々力君が余計なことを言ったせいで!」

『いえ、彼はナウなヤングですから。私のようなアラフォーのおばさんは時代遅れなのかもしれません。本当に彼は全然悪くないんですけど、ここ最近、エッセイのネタもとんと浮かびませんし、そろそろ次回のコンテストに向けて新作を書き始めなくてはいけないのに、アイディアも全く降りて来なくて』


 そして再び、よよよ、である。

 

 知るか! お前の執筆事情なんざ!


『ですから、大変残念なのですが、宇部市に関わらせていただくのは今回が最後に――』


 勝った、と思った。

 これで、もうこの『負の企画力』が凄まじいアマチュアアラフォーWEB作家に宇部市を蹂躙おもちゃにされずに済む、と。


 が。


「そんなぁぁぁぁぁぁ! せっ、先生ぇぇぇぇっ!」

「まりん! まりぃぃぃん!」


 錦課長、ガチ泣きである。えっ、どうしたのこの人。あと笠見さんもさ、普通にどうしたの?


「最後なんて言わんでくださいぃぃぃっ! いまの宇部市には先生の企画が必要なんですぅぅぅぅぅ!」

「まりん! まりりりん!」


 そんなわけはない。

 市民は既にエビ太郎キモいエビがざみんニチアサヒロインでお腹いっぱいなのだ。何なら宇部ドッグで物理的にもお腹いっぱいなのである。ねぇ、笠見さんはそれどういう感情の鳴き声?


「等々力くぅん! 君は何をぼぅっとしているのかね! あっ、謝りたまえ! エビ太郎の創造神たる宇部先生に頭を垂れて誠心誠意謝りたまえぇぇぇ!」

「まりんっ!」

「えぇっ!?」


 普通に嫌である。


 普通に嫌だけれども、上司の命とあらば聞かないわけにはいかない。それが社会人だ。大人というものなのだ。お父さんお母さんごめんなさい。あなた方が手塩にかけて育ててくれた長男は、なんかよくわからないけど創造神とやらに誠心誠意謝罪することになりました。こっち側だと思っていた笠見さんまでも創造神の側についてしまった。こうなるともう『甲殻機動隊』の方も解散の流れじゃない?


 ちら、と画面の向こうの創造神アマチュア作家を見る。あいつ、課長と笠見さんが俺の方を向いているのを良いことに、「やーい怒られてる〜」みたいな顔してやがる! さっきの態度何なんだよ! 全部演技じゃねぇか! アレのどこがコミュ障だ!


 こんなやつに屈して堪るか!

 

「い……嫌です!」

「等々力君?!」

「まりん?!」


 例え公務員でも!

 上にたてついて生きていける職場じゃなくても!


 俺にだってプライドはあるんだ!

 

「俺は間違ったことなんて言ってません! だいたい、宇部のことを何一つ知らないような北海道生まれで秋田県在住のおばさんに、どうしてこの市を託す必要があるんですか!」


 勢いよく立ち上がり、びしっ、と画面の向こうのアラフォーおばさんを指差す。


 と。


 ばっちぃぃぃん。


「ぁたぁっ!? か、笠見さ――じゃなかったがざみん?!」

「見損なったよエビ太郎!」


 笠見さん、いや、がざみんからのかなり本気のビンタである。


「え? あの、えぇ?」

「宇部を愛する心に生まれも育ちも関係ないでしょ!? あっ、関係ないまりん!」


 慌てて設定を思い出したらしい。かなり無理やりめの『後付けまりん』である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る