第2話 宇部市にちなんだヒーローを!

『はいどうもこんにちは、宇部松清です』


 出たな、諸悪S根源Kめ。いつもエビ太郎の恰好でぎろりと睨む。何で毎回この恰好を指定するんだ、ど畜生。ご機嫌なのは笠見さんだけだよ。元地下アイドルの経歴を持つ笠見さんは、実は『がざみん』になるのは嫌いじゃないらしい。そう、あの前回のPRムービー、ある程度はガチなのである。と言ってもそこくらいだけど。


「宇部先生、本日もよろしくお願いします」

「……ゥス。どうもす」

「よろしくお願いしまりん!」


 笠見さんのやる気が怖い。


 違う。俺の「ゥス」は別にエビ太郎のキメ台詞とかじゃない。単に反抗的な態度をとってみただけなのだ。俺がどうにかしないと駄目なのだ。課長は妄信的な馬鹿だし、笠見さんはがざみんだし。


『本日はですね、前回お話させていただきました、【宇部市のご当地ヒーロー】について詳しくお話出来ればと考えております』

「何卒、何卒よろしくお願いいたします!」

「よろしくお願いしまりん!」


 課長の必死さも怖いし、がざみんになりきってる笠見さんも怖い。この場には、まともな人間が俺しかいない。


『まずは何といってもですね、ヒーローの設定です』

「設定?」

『そうです。宇部市のヒーローなわけですから、宇部市にちなんだヒーローでなくてはなりません』


 おっ、なんかちょっとまともなこと言ってるぞ。特撮好きというのは伊達ではないらしい。だが、油断は出来ない。


 画面の向こうのアラフォー眼鏡おばさんは、いそいそとスケッチブックを取り出して、こちらに見せてきた。絵的にはフリップ芸人である。こんなアマチュアWEB作家は嫌だ。


『では、一人目の戦士ヒーローをご紹介します』


 ぺらり、とめくって現れたのは、心が洗われるような、清らかな黄緑色のマスクのヒーローである。胴体はない。顔だけだ。たぶんこの人は絵が苦手なのだ。しかし、この色には何だか見覚えがある。


『こちらは、小野地区のお茶がモチーフとなったヒーローです。お茶っ葉を武器にして戦います。名前は【小野茶グリーン】です』

「ふぉお!」


 課長が吠える。もう黙っていてくれアンタ。


 だが、案としては悪くない。

 成る程、あの色はお茶の色か。


『そして次です』


 次のページは、黒っぽい色のヒーローである。いや、これは黒ではないな……。PCの画面の問題だろうか。


『こちらは万倉なすをモチーフにした戦士です。なすで殴って戦います。名前は【万倉なすダークパープル】です』

「ふぉお!」


 成る程、あれは黒ではなくて紫だったんだな。言われてみればどことなく紫……ってちょっと待て。いま何て言った?! なすで殴る!? 食べ物で遊ぶな! あと名前が長ぇよ!


『この【万倉なすダークパープル】はですね、時々仲間を裏切って敵側につきます。何せ名前に【ダーク】がつきますから』

「敵に寝返る味方! これは燃える展開ですね!」


 課長がぐっと身を乗り出す。課長、味方が敵に寝返って燃える展開があるようなじれじれもだもだ恋愛作品を読んでいるのか? それって、そいつらがじれじれもだもだイチャつくから味方が愛想つかして寝返ったのでは……?


 ていうかそもそもこのヒーローって何と戦ってるんだ? 宇部市には明確な『敵』なんていないはずだが。しかも寝返るってなんだ? 戻って来るのか?! どの面下げて?!


「あっ、あの! すみませんちょっと良いですか」


 思わず挙手する。


『はいエビ太郎さん』

「あの、敵に寝返る、っていうので気になったんですけど、このヒーローって何と戦ってるんですか?」

『良い質問ですね、エビ太郎さん。エビ太郎さんに3000点』

「宇部先生! それはクイズダービーですね! ワッハッハ!」

『さすが課長さん、おわかりになりますか! アッハッハ!』

「わかりますよ! 大橋巨泉!」

『巨泉、ウケる!』


 課長がすかさず反応してどっと笑う。

 待って待って待って。クイズダービーって何。たぶん番組名なんだろうし、クイズ番組なんだろうけど、そんなに『3000点』が印象的なクイズ番組なのか? ていうか、クイズの得点として四桁は多すぎないか? もしかしてあれ? 縁日の屋台でノリの良いおっちゃんが「はい、おつり300万円!」って言うみたいな感じ? 実際は30点とかなのに3000点って言うとか、そういうヤツ?! あと大橋巨泉で笑うのがほんとわからない。何?! そんな面白おじさんなの?


『あー、笑った笑った。それで、えっと、何でしたっけ。ああ、思い出した。敵ですね。ああはい、ええ、もちろんいます。悪無くして正義はありませんから』

 

 なんとなく良いことを言った気になっているのだろう、キメ顔がひたすら腹立たしい。


『このヒーローの敵はですね、あなた達です』

「……は?」

『エビ太郎と、がざみんが敵です」

「へ?」

「まりん!?」


 待って。

 笠見さん、『まりん』が鳴き声みたいになってる。


「成る程、それまで主役を張っていたはずの彼らが新シリーズでは悪役になる、と! 熱いですね!」


 課長はもう口を開けば二言目には「熱い」である。冷やせ冷やせ。頭を冷やせ。


『とはいえ、エビ太郎とがざみんは完全な悪ではありません』

「え!?」

「まりん!?」

「何と!?」

『勝てば官軍と言いますからね。ヒーロー側と甲殻側は交互に勝っていただきます。決着は永遠に着かないシステムです』


 こいつ、俺らのことさらっと『甲殻』でまとめやがった。


 課長も笠見さんも「そういうことか!」みたいな顔してるけど、何でそんなにあっさり納得出来るの!?


『それでですね、その甲殻側――あっ、いっそ【甲殻機動隊】ってチーム名にしましょうか』

「それは駄目でしょう! 完全にパクリじゃないですか!」

『大丈夫ですよ。甲殻類の【甲殻】ですし』

「そういう問題じゃないんですよ! その部分だけ漢字が違うからOKとはなりませんから! 逆になんでイケると思ったんですか! こうなるとヒーロー側の方も不安になって来たな……。あの、ヒーローの方のチーム名は大丈夫ですよね!?」

『ヒーローですか? ああもう全然大丈夫ですよ。【宇部ンジャーズ】ですから』

「だとしたら大丈夫じゃねぇんだよ!」


 こいつ、マーベル米国にまで喧嘩を売る気か……!


「こっ、こら等々力とどろき君! 宇部先生に何という口を……!」

「課長は一旦黙っててください! 俺はもう今日という今日はこの宇部市を舐め切ったアマチュアWEB作家に一言――」


 ぶちっ。


 切られた。

 あいつ、リモートなのを良いことに逃げやがった。あのクソ眼鏡!


「あっ、宇部先生! 宇部先生! お、応答せよ!」


 応答せよ、って。課長、もう切れてますから。


 当然のようにその後はかなりこってり叱られた。

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