それゆけ、宇部市未来企画部地域盛り上げ課!2

宇部 松清

第1話 宇部にご当地ヒーローを!

『「超神ネイガー」をご存知ですか?』


 リモート会議である。


 何となくご意見番的ポジションになりつつある、投稿小説サイト『ヨミカキ』のアマチュア底辺作家、宇部うべ松清まつきよは、画面の向こうでいかにもなしかつめらしい顔をして言った。


「『超神ネイガー』と申しますと、あの秋田県のご当地ヒーロー、ですか?」

「よくご存知で」


 ここは山口県宇部市である。

 秋田県から約1400km離れた山口県にだって有名なご当地ヒーローの名前は届く。


 ご当地ヒーローなんてものは、数年、いや十数年前だと、マスクもスーツもペラペラの手作りのやつで、何なら全身タイツにマントのパターンもあり、高校の文化祭の方がもう少しマシでは!? と目を背けたくなるようなものだったと思う。


 けれど、ここ数年、ゆるキャラブームも相まって、地方をもっと盛り上げようという思いが、ローカルヒーローをより本物東映作品に近づけたのである。


 秋田県の『戦う秋田名物』こと『超神ネイガー』はその火付け役とでもいうべき存在で、どこからどう見てもガチのヒーローというか、「毎週日曜、朝九時スタート!」と言われても信じるレベルのクオリティのやつだ。


 その『超神ネイガー』が何だというのか。


「宇部先生、その『超神ネイガー』がどうしたというのでしょう。浅学な我々にどうか、お教えください」


 我ら『宇部市未来企画部地域盛り上げ課』のトップ、にしき課長はもう駄目だ。何でかわからないが、この、『コンテストの類は良くて一次通過のアラフォーおばさん』を崇拝しているのである。確かに課長は熱狂的なヨミカキユーザー(読み専)ではあるが、彼のお気に入りはじれじれ甘々の恋愛作品だったはずなのに。


 一体何が課長の琴線に触れてしまったんだ。やめろやめろ、こんなやつに『先生』なんてつけるな。


 確かに、妙な企画力だけはあるのだ。


 何せ彼女の企画したゆるキャラ『とどろきエビ太郎』と『がざみん』はそれなりに話題になったし、『宇部ドッグ』という宇部の特産品を挟んだご当地ホットドッグの売れ行きも好調だ。


 だけれども、この俺、等々力とどろき瑛太郎えいたろうを、リアルすぎてむしろ狂気しか感じない車エビ怪人・とどろきエビ太郎に仕立てあげたことは絶対に許さん。絶対にだ。


 しかもこのトチ狂ったアラフォーおばさんは、次のPRムービーでエビ太郎をガチで怪人扱いした上で相棒がざみんに倒させ、爆発させた挙げ句、何がどうなってかカラッと揚げてエビフライにするとか言い出したのである。

 それまでギリギリのところでゆるキャラ扱いだったものを怪人にスライドさせ、かつての相棒の手によって爆発からのエビフライって、何をどうしたら宇部市のPRになるというんだ。


 宇部市民が全員頭おかしいと思われるだろ!


 ……と、さすがに気づいたのか、あれからエビフライ云々の話は出てこない。衣付きの着ぐるみを発注したとも聞かない。


 だからきっと、もっとこう……マイルドな感じのPRムービーのアイディアを持ってきてくれたのだとほんのり期待してのリモート会議だったのである。


「つまりはですね、宇部市にもご当地ヒーローを作りましょう、ってことなんですよ!」


 前回、さんざん「私はコミュ障です」とアピールしまくった癖にやけに力強く彼女は言った。


 どうやら宇部氏はガチで特撮ヒーローが大好きなようで、特に好きなのは昭和のものらしい。その辺は既に彼女のエッセイで予習済みらしい課長は「正直、私はこの話がいつ出るかとソワソワしてたくらいですよ!」とノリノリである。その姿を見て、情けないことに「成る程、それならイケるかも」とつい油断してしまったのも事実だ。


 冷静になってよくよく考えてみれば、こいつは、エビの怪人を爆発させ、その爆発のなんやかんやでカラッとエビフライにするとか言い出した女なのである。おいちょっと待て。昭和の特撮って皆そうなのか?! 俺は平成生まれだし、爆発だって気付けばCGになってたから、街中でドッカンドッカン爆発してたし、ビルだって簡単に倒壊していた。サスペンスドラマのロケ地か?! っていうような崖下とか、採石場でしかド派手に爆発させられなかったあの時代とは違うのである。


 ということは、ガチのマジで火薬を使ってどうこうするんじゃないだろうな。死人が出るぞ。そしてその死人とはイコール俺なんだけど。


 けれども。

 けれども、である。

 

 まだ衣付きエビ太郎の着ぐるみの発注はしていないのだ。それは間違いない。そういった雑用は下っ端の俺か、笠見さん(がざみん)の仕事だから、発注しようとなったらまず俺らにその書類が提出されるはずなのだ。大丈夫、まだ俺はエビフライにはならない。はずだ。


 そう言い聞かせること数日。


 再びのリモート会議である。

 気は抜けない。

 ここは戦場だ。

 もしもの時は課長の頭を殴ってでも目を覚まさせてやらねばならない。

 俺はまだリアルの爆発でカラッと揚がりたくはないのだ。いや、そんなのどんなスタントマンにだって無理なやつだからな。

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