46:その時、あの場所では(第三者視点)

「陛下。教会からがあったとの事です」

「ほう、そうか。すぐ行くと伝えろ」

「はっ」


 二人が話す場所は陛下と呼ばれた男の部屋。

 豪華絢爛な装飾――特に絵画が多い――がこれでもかと飾られており、その財力を見せつけるかのようだ。しかし棚には古い本がぎっしり詰まっており、その机にはペンや書類がある。それらだけがこの部屋を書斎であると証明している。


 男に要件を伝えた文官は、小走りしながら部屋を出た。すると部屋は静寂に包まれた。


「神託、か。今度はどんな土産話を持ってきたのやら……」


 男はおもむろに立ち上がり、そのまま部屋を出た。

 そして男は教会との会合の際に使うサロンへ向かった。そのサロンに入れるのはごく少数であり、警備もとても厳しいものだ。部屋の前にいる警備兵は十人ほど。彼ら全員が近衛兵――つまりはその国でも屈指の力を持つ者だ――であることからも厳重さが分かる。


「陛下! お待ちしておりました。ノナーチオン教皇聖下せいかが中でお待ちになっております」

「そうか。ご苦労」

「はっ! ありがたき幸せ!」


 軽く労いをし、三回ノックをする。


「私だ。いるか?」

「えぇ、おりますとも。どうぞお入りください」


 威厳を感じる皇帝の声と対称的に、優しく語りかけるような教皇の声がドアの奥から聞こえた。


 皇帝は薄気味悪い笑みを浮かべながら教皇の眼の前に腰掛ける。


「さて教皇よ。此度はどのような神託を授かったのかね?」

「えぇと……今回は違うのです――なのですよ」

「何? ……詳しく説明しろ」

「もちろんですとも」


  その会話は、神託がなにかの暗号であることを暗示している。

 訝しむ皇帝と打って変わって、教皇は記憶を必死に思い起こすかのように目を閉じた。


「神託の内容はこうです。『汝等の世界は、もはや神に見捨てられた。ただ襲い来たる滅びを待ち給え。幾許か後に新たなとして世界樹に記されん』、と」


 そこで教皇は口も閉じてしみじみとした表情になった。それは自らの言葉を反芻し、噛み締めて味わうかのようだ。


 そんな空白は数十秒にも及び、目を開けると再び言葉を紡ぎ始めた。


 「神を信じてきた者として暗記せぬ訳には参りませんもので。一言一句違わぬとこの名に誓いましょう」

「……そうか。それはご苦労。しかし……ふむ。か。教皇よ。どう思う?」

「聖書によれば、『世界の終わりには女神の尖兵が世界を滅ぼし、死者の楽園となる』とあります。尖兵とは恐らく戦乙女ヴァルキュリアでしょうね」


 戦乙女ヴァルキュリア。それは女神の忠実なる手足。世界に仇なす罪人を処刑し、災いを鎮め、人々に祝福を与えるとされる伝説の存在。しかし彼らは戦乙女ヴァルキュリアについてよく知っていた。


「なるほど。それはあり得るな。では不死者アンデットの部隊を召喚しよう。聖なる者には不浄の者が良かろう?」

「合理的でしょう。我々も尽力致します。さて、どの程度の不死者アンデットを召喚するのですかな?」

「はっ、馬鹿なことを仰る。人類の召喚できる不死者アンデットは低級が限界。我々だけが中級不死者アンデットを召喚できるのだ」


 すると同時に二人が不気味な表情へ変わった。それは見るもの全てが心から恐怖し、鳥肌が立つだろうほどに。


「中級の不死者アンデットがいれば女神の尖兵など取るに足らんな」

「でしょうね。次は女神を屈服させるのは如何ですかな?」

「貴様が言って良い発言かね……まぁ、提案は素晴らしいものだ。あぁ……きっと麗しいのだろうな。快楽に溺れさせるのが楽しみだ……!」


 皇帝の目には、もはや異常すら言える欲望が渦巻いていた。


「ならば陛下。早速準備に移りましょう。兵士の用意もせねばならないでしょう?」

「あぁ。そうだな、数万の兵がいれば対処出来るだろう」

「国民に対しては発表するのですか?」

「教会の信者共に反発を食らっては敵わん。軍事演習とでも言うさ」

「さすがです陛下。よく考えておられる」

「はっ、この大帝国の皇帝だぞ? それくらい出来ねばとっくの昔に暗殺されておるわ」


 彼――トムアトは有能だ。その手腕があったからこそグノア帝国は存在し続けている。それに多くの兵と財産、資材もある。それらが大帝国たらしめている。


 だが大きなミスをした。もっと国防に力を割かなければならなかった。中級どころか神に等しい力を持つ不死者アンデットが襲うのだから――

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