28:ツァトリー先生と生者晦冥

 視界が白で塗りつぶされる。

 もし鼓膜があれば確実に破れるほどの爆音がする。

 衝撃で身体が吹っ飛びかける。


 自分の攻撃でそれほどのダメージを負うということは、それが直撃している方はどうなっているのか。辺り一帯は砂埃で何も見えないので判断が出来ない。

 しっかりと体勢を立て直し、適当な初級風魔術でそれを払うと――


「うぅ……うぅ……」


 見るも無惨な姿をしたハクティノがいた。

 皮膚は焼けただれ、右腕――剣を持っていた方――は炭化すらしており、もう片方は指が紫色に変色している。腹には大きく風穴が空いているが、ゆっくりと傷が塞がっているのを見るに、どうにか再生しようとしているのがわかる。


『試合終了。ネビュトスの勝ちだね。……しかしさ、ボクがそれを使ってもそうはならないんだよ? 全く君の規格外さを改めて感じるよ……。ハクティノはボクが回収しておくから、ネビュトスはこっちに戻ってきてね』


 その言葉に従い、俺はすぐさまツァトリーの元へ転移テレポートした。


「ほい。戻ってきたぞ。……けどいいのか? あんな瀕死の状態でさ」

「いいんだよ。あれハクティノにはこれくらいしないとね。ボクだと都合上そういうの出来なかったから……」

「なるほどな。……あれ、不死者アンデットの講義は?」

「――回収してきますっ」


 ツァトリーにしては珍しく敬語かつ早口で、おまけに敬礼までして消えていった。完全に忘れてたんだな……。


 そうしてツァトリーを待ってぼーっとしていたその瞬間、遠くから爆発音が四回聞こえてきた。もしやと思い確認すると、先程設置した爆炎地雷フレイムマインの反応が全て消えていた。恐らくツァトリーが起爆させたのだろう。


 ……え、あの瀕死の身体に爆発食らわせて大丈夫なのか?


 しかしそんな心配は杞憂だったようで、無傷になったハクティノを抱えたツァトリーが転移してきた。


「あ、おかえり……」


 俺がそう声をかけると、ハクティノは目を見開き素早い動きでツァトリーの後ろに隠れてしまった。ガクガクブルブルという擬音が聞こえてくるほどの怖がりようだ。


「ん。バカは無視して講義を始めるよ」


 ツァトリーは咳払いし、話を始める。


「今のハクティノは不死者アンデットじゃない。だから不死者アンデットにする必要があるね。その術は人類には禁術と呼ばれ、使用を固く禁じられているけどそんなの関係ない。ま、必要な魔力量が多すぎてボクにも使えるか怪しいくらいなんだけど」


 彼女は冗談交じりに言った。少し自嘲を感じるのは気のせいだと信じたい。


「そのの名前は生者晦冥リビングキル。摂理魔法の逆だし、反摂理魔法とも言えるね。これを使えば、対象者の身体だけを不死者アンデットにすることができる。古代の文献によれば、術者の力量で対象者がどんな不死者アンデットになるかが決まるらしいよ」


 そう語るツァトリーの口調は、内容の物騒さに反してとても穏やかなものであった。それにどこか満足げな表情を浮かべている。


「ささ、早くやっちゃって。『時間はない』でしょ」

「そうだな。では――」


 俺は怯えるハクティノに向けて手をかざす。


生者晦冥リビングキル


 そう唱えた次の瞬間、ハクティノの身体は光に――ではなく、光を一切通さぬ漆黒の闇に包まれた。よく見れば渦を巻いているように見える。


 今までと違う現象に興味を持った俺はそっとその闇に手を触れてみる。

 始めはぬるっと入り、まるで川の流れに手を入れたかのようだった。しかしすぐに硬い何かにぶつかる。ようはとても浅い川がそこにあるような感覚だ。


 すると異変が起きた。俺の手が触れているところから、赤いインク――血のように見える――を落とし続けているような流れが出来たのだ。

 他は真っ黒なのに、手から流れ続けている。しかし。別に悪いことが起こるわけでもないような気がしたから。

 

 そして十秒もすれば、漆黒は鮮血の色に染まった。


 それと同時にハクティノを覆っていた殻にヒビが入り始めた。次々に拡大していき、殻が消え去るとそこにいたのは――髪色も瞳の色も、装束の色さえも全てが真っ黒になったハクティノであった。


「ま、真っ黒だ……」

「真っ黒だね……」


 二人で顔を見合わせて呟く。

 するとハクティノがゆっくりと目を覚ました。


「ここは……はっ!」


 俺を見た途端に、眠たげな表情だったのが一変し硬い表情になる。そして発せられた言葉は意外なものだった。


「偉大なる陛下よ! この愚かなハクティノめをどうかお許しください!」

「急にどうしたんだよ!?」

「先程はとんだ無礼を……陛下の強大さ、恐ろしさ、そして優しさ。それらを知らなかったが故の行動、大変申し訳ございません!」

「ねぇ、人の話聞いてる?」

「これからは陛下のため、誠心誠意、身を粉にしてお仕えさせていただきたい所存です!」

「あ、うん。それはいいんだけど――」

「大変ありがたきお言葉! 陛下、早速任務をお与えください! どのような困難であろうと乗り越えてみせます!」


 あまりの変化に困り果て、ツァトリーにアイコンタクトをすると『知らない。どうにかして』と脳内に話しかけられた。


 無理だよそんなもん!!!

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