26:ツァトリー先生とバカ天使

 今まであまり気にしていなかったが、今まで見た魔術には何らかの方向性、つまり属性が与えられていたものばかりだったはずだ。


 無属性魔術といえば、モミジ――魔王の姿のときだ――が放った魔力刃マナブレードや、それを受け止めた魔力盾マナシールドが良い例だろう。そのように「燃やす」「凍らせる」といった効果が無く、純粋な魔力で攻撃するものや、ただ「炎属性」というジャンルが出来ないものを無属性というわけだ。


「名前は魔力弩砲マナバリスタ。すっごいおっきい弓をイメージして」

「大丈夫、元ネタは知ってるから。魔力弩砲マナバリスタ


 詠唱すると現れたのは、もちろん弩砲バリスタ

 魔力をしっかりと、ギュッと固めるように込めて――放つ!


 すると、矢が風切り音を鳴らしながら飛んでいき、岩が崩れるような爆音とともに岩を木っ端微塵に砕いた。


「ん。上出来。ネビュトスなら魔導書を読まなくてもいいし、名前を聞けばきっとイメージできるだろうね。ボクが教える必要はもうないかな。遠距離からの魔術の発動――遠隔術式も、多分軽々できちゃうよね?」

「多分できるだろうな。えーっと、炎柱ファイアピラー


 発動地点を遠くにイメージして中級炎属性魔術の炎柱ファイアピラーを使ってみれば、直後思った通りの場所から炎が吹き出した。

 ……初めて使う割には上出来だな。本で読んだことしかないのに。もしかしたら他のも問題ないかもしれない。


「ほら、やっぱりね。全く、こんなのできるのネビュトスくらいだよ……もう早速不死者アンデット関連に移ろうか。城門の前ね」


 そう言い残してツァトリーはまたしても光の粒子となって消え去った。

 俺もそれを追うように転移テレポートを使う。


 景色が一変すると、仁王立ちするツァトリーが俺を見つめて言った。


「上級不死者アンデットについては勉強した?」


 その問いに俺は自信を持って答える。


「あぁ。上級のやつについても頑張って見つけたからな、バッチリだぞ」

「ん、なら良かった。じゃ、ここからは実戦訓練形式で行くよ。召喚サモン……そうだ。〈ハクティノ〉」


 それは無属性魔術、召喚サモン

 特別な契約を結んだ魔物を、異空間や別の場所から呼び出す魔術だ。


 しかし……そんな名前の魔物を俺は知らない。果たして何が出てくるのだろうか。


 そして地面で光る魔法陣から現れたのは、一対の翼を持つ――真っ白な使だった。


「ぅ、ん……ここは……どこ……?」


 ゆっくりとまぶたを開けたその少女は、儚げな表情を浮かべていた。

 つやのある真っ白の髪を揺らし、首をかしげている様は天使のようににしか見えない。


「あ、ツァトリーパイセ~ン! 久しぶり~! 何億年ぶり~?」

「ん……相変わらずハクティノはうるさいね。あと別に何億年も経ってない」

「そう~? ……って何あの骸骨キモ!」


 ツァトリーのことを先輩パイセンと呼ぶ少女。見た目の割に――声に関しても――チャラいし、敬語も一切使ってない。

 正直ここから「実戦訓練」に繋がる気がしないのだが、ツァトリーは何を考えているのだろうか。


「……次そんなこと言ったら殺すよ。ボクの主人にそんなこと言わないで」

「えっ!? あれが!? そんな訳無いってぇ~!」

「……殺す」

「ちょっと待ってって! ごめんってぇ!」

「はぁ……ほんと君のようなバカを相手にするのは疲れる。というわけでネビュトス。こいつを《支配》してほしいんだ」


 突然こっちを向いたツァトリーが発した言葉は、全くもって予想だにしなかったものであった。奥にいる天使……ハクティノも驚いた顔をしている。


「えっ……こいつを《支配》?」

「えっ……こいつに支配される?」


 どうやら俺たちの思いは合致して――はいなかった。間違いなく嫌がっているし、射殺さんとするほど侮蔑の視線を感じる。


「ネビュトス、さっきボクはなんて言った?」

「実戦訓練形式で、だったか」

「ん。ハクティノ、ネビュトスに勝てたら封印を解いてあげる。逆に負けたら支配される。分かった?」


 まるで幼稚園児に語りかけるかのような、優しい声色で――表情は別だ――そう説明するツァトリー。

 それに対してハクティノは苦虫を噛み潰したような顔つきになっていた。


「はぁ? こんな弱そうな骸骨スケルトンに負けるわけないじゃん! ツァトリーパイセンもとうとうバカになっちゃたかぁ……!」

「ネビュトス。半殺し――いや九割殺しにしても構わない。どうせ死なないから」

「お、おう……分かった」

「ボクは一切介入しないよ。適当な場所で観戦してるから」


 そう言った後、ツァトリーが小声で何かを呟くと地面に魔法陣が現れ、そこから椅子と机が出てきた。あとこの前渡したお菓子と紅茶も。


「範囲はこの島の森全域。ネビュトスは適当な場所に転移して、ハクティノはここからスタート。どちらかが敗北の宣言を出すまで終わらない。どんな魔術、魔法の使用も許可するけど、ハクティノがあの城に危害を加えたら許さない。その時点でハクティノの負け。……ルールはこんな感じ」


 一息に言い切ったツァトリーは、紅茶をすすってお菓子を食べ始めた。リズムよくサクッ、サクッという音が聞こえてくる。お菓子……食べたくなってきたな。


「え、楽勝すぎじゃない? ほら、キモ骸骨スケルトンはさっさと消えてよ」

「チッ……じゃなかった。分かったっての。転移テレポート


 さすがの俺もこいつの喋り方はなかなかしゃくに障る。なのでさっさと転移してあげました。俺って優しい。

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