9:女連れの陛下

「ただいまアリア。今戻ったよ」


 長い階段を登り辿り着いた執務室。

 ガチャっと扉を開けた先にはむすっとした顔のアリアがいた。


「陛下! どこ行ってたんですか!? 図書室に行ったのにいなくて城を探し回ってたんですよ? てかもう朝ですよ!?」

「ごめん……。あ、そうだ。紹介したい人がいてね……」


 俺が自然に? 流れを変えると、後ろからひょっこり出てきたのはもちろん――


「ん。初めまして、ボクはツァトリー。よろしくね」

「へ、陛下が女を連れてきたあああ!?」


 オタクな一面があるとはいえ、基本物静かなツァトリーに比べアリアは元気いっぱいな女の子だ。真逆って感じ。にしても騒がしいな。


「うるさっ……ネビュトス、こんなうるさい女と暮らしてたんだ?」

「陛下! こんな失礼な事を言う小娘は連れてくるべきじゃありません!」

「そっちこそ失礼だよ! 全く、ボクを小娘扱いして……ボクは立派な不死者アンデットだぞ?」

「私だって陛下の忠実なるしもべである不死者アンデットです!」


 おいおいなんで出会い頭に喧嘩始まってんだ?

 真逆の性格だとこんな風になるんだな……じゃなくって。さっさと仲裁しないと。


「二人とも落ち着いて! なんで主の前でそんな喧嘩するかなぁ!?」

「申し訳ございません……」「ごめん……」

「うむ、よろしい」


 俺はあんまり人に怒るのが好きじゃない。

 だからこれくらいで許すのだ。優しい皇帝じょうしなのは重要だからな。


「で、陛下。この子――あれ、性別は……? 人を見る目はあるこの私が性別ごときもわからない……?」


 どうやらツァトリーの性別が分からずショックを受けているようだった。

 アリア、そんなに「人を見る目」に自信があったんだ……でも確かに性別を知らないな。中性的だな、としか思ってなかったしさ。


 しかしアリアの気持ちもわかる。

 ツァトリーは男だ、と紹介されれば男にも見える。幼さがまだ抜けない少年といった感じに。

 女だ、と言われれば女にも見える。少し小柄な少女といった感じに。

 アリアが困惑するのも無理はないな。


「そういえば聞いてなかったな。なぁ、ツァトリーって性別あるのか?」

「ん。まぁ、ないね。ボクは無性とも言えるし中性とも言える。理由は聞かないでね。ただ人前で使う三人称は『彼女』でいいよ」


 そこまで言ったツァトリーは、いきなりソファーに飛び込んでいってごろごろしだした。


「あれ、ここお菓子ないの~?」


 そして文句を言うばかり。なんだか猫を飼った気分だ。


「お菓子、ですか? 不死者アンデットに食事は必要ないのでここにはないですが……」

「ん、じゃあ取ってきて」

「えぇ……自分で取ってきてくださいよ」

「めんどくさいなぁ……じゃあどこにあるの」

「食べ物なら食堂か食料貯蔵庫じゃないですか?」

「ん、じゃあネビュトス。これ持って行ってきて」


 突然俺の方を向いたツァトリーは、ポケットから何かを取り出した。そして俺に向かってポイっと投げた。


「なんだこれ、鍵か?」


 それは金色と水色に煌めいており、冷たい金属の鍵だった。


「ん。これをお菓子のあるところで使って。そこに扉があって鍵を開けるかのようなイメージでやれば問題ないよ。じゃあいってらっしゃーい」


 ツァトリーが俺に手を振ると、突然強風が吹き部屋の外まで吹っ飛ばされてしまった。部屋の中は一切変わっていないことから、俺にだけ風が吹いたのだとわかる。


 そんな事を考えている間に、鍵を持った俺を残して扉はバタンと音を立てて閉まってしまった。


「あー、うん。まぁ……行くかぁ……」


 なぜ俺は配下のお使いをしているんだろう。

 気にしたら負けかなぁ……?


 困惑しつつ小さくため息をこぼす。


 何回も上り下りをしているせいで城の構造はある程度覚えてしまった。どうたらこの身体は暗記力も良いようだ。脳がないのにね。

 なので迷わず、まっすぐに食堂へ向かう。


「ここにもまたなんかいたりしないよなぁ……?」


 辺りは陽光の影になっていて少し暗い。誰もいないのもやはり不気味に見える。しかし食堂へ、少し怖がりつつも足を踏み入れる。


「うーん……食べ物がありそうなとこ……」


 適当に開けられそうなところは全部開けてみる。


「ここも何もない、ここもない、ここも――?」


 そこにはとあるものがあったのだ――中空に浮かぶ二つの目玉が。


「はぁっ……!? いいや大丈夫俺は不死者の皇帝イモータルだもう慣れっこだこういうのには……!」


 ここまでくるともはや暗示だ。


「貴様ぁ! ツァトリー様に何をした!」


 二つの目玉は声を荒らげながらぬるっと姿を現した。


 それは紛うことなき――お姉さんだった。


 



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