第2話 

 よくある話だ。

 オーナーが代わった途端、レストランの方針も変わった。

 もっと流行の味を。売り上げを出すためには。

 売れ筋は、予測は、広告は、市場調査は。


 それまで、一人ひとりの客に向き合って、それぞれに満足してもらえるものを提供し、その満足をもって次にまた来てもらう――そういう細々とした街のレストランだった。オーナーの人の好さでもってるような、そういう店だった。


 結局はビジネスだ。俺だってわかってる。

 ある程度は割り切らなきゃやっていけないし、売り上げが出なきゃ自分たちの飯が食えない。


 だが、そんな――金をばらまいて広告出して、さばききれない客を呼んで、適当な前評判で期待にそぐわぬ雑に作ったメシを食わせて、大した思い出にも残らないまま帰らせる――そんな繰り返しになんの意味があるってんだ。


 商売だって納得しようと思ってたところで、堰が切れた。

 ランチタイムの開店前、ずらりと店の前並んだ客の、その誰が誰だか区別もできない顔を見ていて……俺は。


 勢いで、辞表を書き上げた。

 いっそ毒でも盛ってやろうかと思ったが、それよりは辞表の方がお互いいいだろうと思ったんだ。


 デスクに叩きつけた音で、オーナーが目を白黒させる。

 その表情を見たときだけ、一瞬、胸がすっとした。


■◇■◇■◇■


 ま、格好よかったのは、そこまでだ。

 頭にのぼった血がさめると、後は不安だけだ。


 この都市で供される食事の管理――ああ、いいだろう。万人に必要な栄養素をしっかり補う、お仕着せの決まりきったメニューを立ててやろうじゃないか。

 食ってるヤツが満足してるかどうかなんて、知ったこっちゃない。必須成分を体内に取り込む、それが最重要な目的で、それに伴う美味しさとか幸福とか思い出とかなんて、どうでもいい。そうだろう?


 結局、俺らのやってる仕事は、どこでやってもそんなもんだ。

 そりの合わないオーナーがいないだけ、こっちのがまだマシってくらいで。


「えー、では都市内で生産された食料をもとに、一か月の献立をたてました。一ページ目から順にみてください」


 俺の渡した資料を、集められた数名の料理人がぺらぺらとめくる。


「参考として調理例をここに用意しています。飢餓も肥満もなく、塩分や脂分、糖分の過摂取が発生しない栄養学的に最適な食事を、全市民に平等にわたらせるよう味付けにも注意してください」


 テーブルに並んだサンプルメニューを、料理人たちは無表情に味わって確認していく。

 とは言え、もともとコンマグラム単位で書かれたレシピだ。

 調理経験がいくらかあれば、どんな味になるかはわかっているだろう。


 限りある資源を百パーセント使って、この限られた人材だけで全市民にいきわたるよう、いかに無駄なく効率的に、平等に、健康的な食事を作るか。

 それを考えれば、旨みを追い求める方法はそもそもなかった。


 薄い色のスープには、くたくたに煮込まれた種々の野菜が溶けている。

 セロリやホウレンソウ、クレソンなど独特の風味のある野菜も混じっているから、混ざり合ってなんとも言えない青臭い香りを立ち上らせる。

 特に、舌に残るモロヘイヤのえぐみは、筆舌に尽くしがたい。


 パンは、生産されている小麦の量が足りず、混ぜ物を増やしてなんとか焼き上げた。特にでんぷんを多く供給してくれたのはやはりジャガイモだ。

 芋粉ももっとうまく作れば舌触りよくなるのかもしれないが、残念ながらここにあるのはごつごつと雑な粉引をされたものだけ。小麦の嵩を増やすため、栄養素を効率的に取るために全粒粉を中心にしていることもあって、固くしわく妙な苦みのあるパンができあがった。


 精白されたコメや砂糖は必須栄養素を補う役にあまりたたないし、肥満のもとだ。 

 甘味を与えるのは多くのカロリーが必要な子どもたちだけで、それも一日一回と時間を決めて与えるようにした。精白されていない砂糖の塊――雑味の多いべっこう飴のようなものを。


 日によってたんぱく質を補うために、豆、肉、魚などを順番につける。

 減塩のため、焼いただけのもので味付けはない。顎の力を鍛えよい歯を維持するためにも、嚙み応えがあるものが混じっていた方がいいだろう。


 これらの説明と試食を受け、料理人たちはそれぞれに黙って頷いた。

 彼らもわかっている。食事なんてのは、これでいいんだ。


■◇■◇■◇■


 ――と、思えていたのは、せいぜい初日だけだった。

 三日目にして、俺は悲鳴をあげそうになっていた。


 なにせ、俺自身が他の人々と同じものを食ってるのだ。

 用意された食材と人材からして他に方法がないとは言え、ひたすらマズいものを栄養補給のためだけに食べ続けるのは案外骨が折れる。


 ここまでマズいと、食べなくてもいいとさえ思えてきた。

 これはダメだ、と早々に理解した。


 うまくなくてもいい、せめてマイナスを感じない程度の味でなければ、本気で死にたくなる。

 立てていた計画から、いかに簡単に食材の味をなくすかを考え、徹底的に味わいを除いた。水にさらし、凍らせてから解凍し、潰して混ぜて捏ねて原型をなくし、固めて焼く。


 生鮮食品のままでは、管理が難しいものもある。火を通し保存できる状態にすれば、なんだってしばらくもつ。

 できるだけ手間をかけず多くの生命を維持するという観点ならこれが最高だろうって、自信をもって計画変更を伝えた。


 ――この都市に、固焼き糧食が生まれた瞬間だった。

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