雨の訪問者

前編

 ビルの地下のショットバーにマスターは独りで居た。

 今夜は珍しく来客が無かった。地下へ降りる入口の前に立ている看板には「来客の魔法」を掛けているので、普段はそれなりの来客があった。来客が無い時は天気が悪い時だ。


「また、強い雨が降っているのだろう」

「後で入口の側溝を点検しないと……」

 地下へ降りる入口に側溝が有るが、詰まりやすくなっていた。側溝が詰まると溢れた雨水が階段を下りて店内まで浸入するのだ。


「オーナーに言って、早く直してもらわないと」

「こればかりは、魔法では如何にも出来ないからなぁ……」

 マスターは溜息をついた。


 実際、一日・二日来客が無くても店の経営には問題が無かった。「来客の魔法」で普段の収入はそれなりに有ったし、本業魔法使いの収入も有る。本業魔法使いの方は口コミで定期的に依頼が有った。

「明日もお客様が来ないと、彼女カクテルグラスの機嫌が悪くなるなぁ」

 マスターは独り呟いた。



 不意に店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

 マスターが視線を向けると、誰も居ない。

 落ち着いて視線を下げると、一人の少女が立っていた。

 小さな赤い傘を差し、黄色い雨がっぱを着て、白い長靴を履いていた五歳位の少女だった。


「おじさん、中に入ってもいい?」

「どうぞいらっしゃい、今温かい物を出しますね」

 少女は雨がっぱを脱いでカウンター席によじ登って座った。そして床に届かない足をユラユラと揺らしていた。

 マスターはカルーアミルク用のミルクを温めてグラスに淹れて出す、一緒につまみ用のミルクチョコも出した。

 少女はホットミルクを飲み、出されたチョコの半分を食べて半分をポケットにしまった。食べたチョコの包み紙は綺麗に畳まれていた。


「育ちの良い子供だな」

  マスターは思った。


「どうしたの? お母さんとはぐれたの?」

「ママは今いないの」

「きゅうに出ていったって、パパが言ったの」

「じゃぁ、パパを呼ばないと……」

「わたし、パパはキライ!」

「パパはママをいつも怒ってブッていたの」

「ママがいなくなったら、わたしもブッてくるの」

「わたし、ママをさがしにお家を出てきたの」


マスターは真剣な顔になり、

「じゃぁ、お巡りさんを呼んでママを探してもらうね」

 と言って電話機に手を掛ける。


「おじさん! わたし、おじさんが『まほうつかいのおじさん』って知ってるよ!」

「何でもお願いをきいてくれるって」

「わたしのお願いきいてくれる?」


「ええ、聞きますよ」

「でもお願いを叶えてあげるにはお金がいるんだ」

「お金は持っているの?」


「あるよ、ほらっ!」

 少女はポケットから穴の開いた硬貨を三枚出した。

 それを見たマスターは優しい声で言った。

「このお金なら大丈夫! じゃぁ、どんなお願いかな?」


「わたし、ママに会いたい! ママといっしょにいたいの!」

「あと、ママをいじめたパパを怒ってほしいの!」


「わかりました、あなたのお願いを叶えてあげるね……」

 マスターはニッコリと微笑んで言った。

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