後編

「へぇー、面白い話ですね」

「『理想の形になる事が大事』 なんかわかるなぁー」

 ビルの地下にあるショットバーのカウンターに座っていた若い男性はマスターの話を聞いてそう答えていた。


「確かに自分の思うの恋愛になったら、それだけで絶頂してしまうな」

「まぁ実際そんな事は有り得ない事だし、どこかで妥協をしなければいけないよなぁ……」

「あっマスター、『お金さえ払えば、何でも望みを叶える』って、本当ですか?」


「ええ本当ですよ、実は私の本業は『魔法使い』でして、バーのマスターは趣味と実益を兼ねてやっています」

「前金である程度のお金を払っていただければ、何でも願いを叶えて差し上げましょう」


 若い男はその話を聞いて手元の酒をグイッと飲み干し、目を見開いてマスターに問いかけた。

「じゃぁ、『今勤めている会社の社長になりたい』と言う希望だといくら位かかります?」


「一般社会に影響を及ぼす願いだと大分高くなって、前金で一億円は必要ですね」

「個人的な範囲の願いだと五百万円から承りますが……」


 マスターの答えを聞いた若い男は残念そうな表情をして溜息をついた。

「それだけのお金を用意できる実力があれば、で希望を叶える事ができるな……」

「マスター、水割りをもう一杯」


 マスターは新しいグラスに氷を入れ、ウィスキーと水を注いだ。

で叶える事ができない希望を叶えるのが『魔法使い』の醍醐味でして、これも趣味と実益を兼ねてやっています」

 マスターは若い男に水割りの入ったグラスを差し出す。


「確かに、あの女性の希望はでは如何にもできないな……」

 若い男は水割りの入ったグラスを口に付ける。


「……⁉︎」


  不思議な事に固いガラスのグラスのはずなのに、柔らかいまるでのような感触が若い男の唇に伝わってきた。

 冷たい水割りが口に入ってくるはずが、温かく形のあるような物が若い男の舌を刺激した。

 お酒の匂いとは違う仄かな甘いが若い男の鼻孔に漂ってきた。

 若い男の脳内には美しい姿が映し出されていた。

「これは…… まるでこの女性とキスをしている感じだ……」



 驚いた若い男は一口付けただけのグラスをカウンターに置くと、そそくさと帰り支度を始めた。

「マスター、お勘定ね」


「もう水割りは宜しいのですか?」

 マスターは戻されたグラスを洗い始める。


「うーん、なんかそんな気分では無くなったので……」

 若い男は支払いをすますとマスターに問いかけた。

「そー言えば、さっきの話の女性どうなったの?」

「お金をもらって、願いを叶えたんでしょう?」


「彼女は今、幸せに過ごしていますよ」

 マスターはカクテルグラス 彼女 を磨きながら微笑んで答えた。

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