願いの叶う店

わたくし

カクテルグラス

前編

 ビルの地下にあるショットバーのカウンターに女性は座っていた。マスターと女性以外は誰もいない。もし男性客がいれば、全員が女性の為にカクテルを一杯進呈する程の美人であった。


 女性はマスターに話しかける。

「セックスなんて、相手の体を使った自慰行為マスターベーションみたいな物だわ」

「相手の気持ちなんて関係ないの、ただ自分の快楽の為だけに行うものなのよ」

「相手の必要性? まぁ相手がいれば勝手に動いてくれて、わたしに刺激を与え続けてくれる事かな……」

「世の中、になる事が大事だと思うわ」

、この形が重要だと思うの……」

「マスター、水割りをもう一杯」


 女性は水割りができる間に前髪を手で掻き揚げると、細長い指でメンソールタバコに火を点け咥える。マスターが差し出した水割りを持つとグラスを回し、カラカラと氷の音を立てながら話を続けた。

「ねぇマスター、男と女の関係で一番素晴らしい事って何だと思う?」


「……二人で同じ時間を共有して、同じ感動を分かち合う事ですかねぇ」


「わたしは最初の瞬間が大切だと思うの、出会いなのよ……」

「初めて出会った時に感じる胸のトキメキ、これが一番なのよ」

「その後の事はもう蛇足だわ」

「前はセックスも良いと思ったけど、今はもう面倒くさくって」

「それに、昔の男に未練たらしく付きまとわれるのもイヤッ!」


「何人もの男性と恋愛をして気づいた結論はね……」

「『ファースト・キス』が最高だって事よ!」

会った男性とキスをする、これがわたしの恋のなのよ」

「つまり相手の気持ちは関係ないの、自分自身の望む形さえあれば良いのよ」

「その形になった後は、勝手にエクスタシーへ昇りつめるだけだわ」


「そう言う物ですかねぇ……」


 女性はタバコを灰皿で消すと、一気に水割りを飲み干した。そして、真剣な顔をしてマスターに訴えた。

「ねぇマスター、ここはお金さえ払えばどんな望みを叶えてくれる場所と聞いたわ」

「わたしの希望を叶えて欲しいの!」


「確かに希望は叶えますが、前金でしかるべき対価を支払わないと……」


「お金なら、あるわ!」

 女性は紙袋から札束を出して重ねた。

 マスターは札束を数えると、ニッコリと微笑んだ。

「この金額でなら大丈夫です、ではどの様なお願いですかな?」


「毎日とファースト・キスができる事」

「その後、その男性がわたしに興味を持たなくなる事」

「この二つを叶えて欲しいの!」


「わかりました、難しい注文ですがお望みを叶えましょう」

 マスターは微笑みながら答えた。

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