少年大覚醒(2)
ヒロユキは無言のまま、銃口を見つめる。
やがて反対側を向き、歩き出した。
「そうか、それがお前の出した答えなんだな。好きにしろ」
ギンジの声は、冷たいものだった。その声を背中に受け、ヒロユキは歩き出す。
だが、足を止めた。
ギンジの暖かい言葉。
カツミの罵声。
タカシの軽薄な言葉。
そして、ガイの無言の優しさ。
みんな、ぼくに色々なものをぶつけてきた。
人間の感情だ。
(彼らは……人間のまま怪物になってしまった者たちなんだ)
違う!
怪物なんかじゃない!
みんな人間だ! 人間なんだよ!
ヒロユキは振り返り、ギンジの顔をじっと睨みつける。
「ヒロユキ、どうするんだ?」
冷酷な口調のギンジ。
「ぼくは、皆さんと行きます。皆さんに付いて行きます。付いて行かせてください」
「そう……それがいい。ヒロユキくん、私たちと一緒に行こう」
笑みを浮かべるタカシ。だが、ヒロユキの表情は険しいままだった。
「でも、ぼくはあんたらの言いなりにはならない! こんな世界だからって、虫けらみたいに人を殺していいはずがないんだよ!」
「ヒロユキ──」
何か言いかけたタカシだったが、ヒロユキは構わず話し続ける。
「あなた方だって人間だ! 間違うこともあるだろうが! 間違えて人を殺したりしたら、終わりなんだよ! あんたらに、そんなことはさせない!」
少年は、何かに憑かれたかのように喋り続けていた。
だが、ギンジは首を振る。
「そんなことはありえない。お前が正しく、オレが間違う……それは、太陽が西から昇るのと同じくらい、ありえないことだ。お前は、オレの判断に従っていればいいんだよ。それが出来ないなら、ひとりで行くんだな。でなければ、殺す」
冷酷な態度を崩さず、言葉を返した。すると、ヒロユキの顔がさらに歪む。
「ぼくは、あなたに付いて行く。あなたが間違っていると思ったら、体を張って止める。それが嫌だったら、この場でぼくを撃ち殺してください」
「やめたまえ、ギンジさんは本当に撃つよ」
口を挟むタカシだが、ヒロユキには引く気配がなかった。
「ぼくは決めたんだ……あなた方と一緒に行くって! この決断だけは、この世界の全ての国を支配するような……そんな魔王や権力者が現れたとしても……ねじ曲げられないんだよ! ねじ曲げるくらいなら、死んだ方がマシだ!」
恐怖、怒り、哀しみ、そしてプライド……形容のできない、様々なものが入り交じった感情に襲われ、涙を流しながらヒロユキは叫んだ。
その時、彼は確かに感じていた。
凄まじいまでの恐怖と、相反するかのような恍惚感を。
血が沸き立つような感覚を。
自分の……生を。
そして、自分が変貌していく瞬間を。
思わず、目を閉じていた。
「そうか……そんなに死にたいなら、一思いに殺してやる。苦しまずに死ねるようにな」
ギンジの声が聞こえてきた。次いで額に何かが当たった。ひんやりとした感触。銃口だ──
コルネオの最期の瞬間が脳裏に甦る。
ギンジさんは、ぼくを殺すのか?
いや、間違いなく殺される。
つまらない人生だった。
ぼくは生きていたかった……どんなに無様で惨めな人生であっても。
でも……。
死ぬよりも、ずっと嫌なこともあるんだね。
初めて知ったよ、ギンジさん。
カツミさん、あなたは怖かったよ。でもあなたは、ぼくをいじめた連中とは違ってた。
タカシさん、あなたは面白かった。あなたのおかげで、楽しかったよ。
ガイさん、本当にありがとう……あなたには恩返ししたかったけど、出来そうもないよ。
「やめた。弾丸がもったいない」
ギンジの声とともに、銃口が離れる感触。
目を開けると、ギンジは何を考えているのかわからない、つかみどころのない表情でこちらを見ている。
「付いて来たけりゃ好きにしろ。だがな、カツミはオレみたいに甘くないぞ。奴はヤクザだ。お前が今みたいな態度をとったら……覚悟しとくんだな」
その瞬間、ヒロユキは崩れ落ちる。そして、意識が遠のいていった。
「そんなことがあったのか。こっちも色々あったが、そっちも大変だったな」
カツミは縛り上げた男たちを小突きながら、ギンジに言う。
「しかしギンジさん、あんた凄いな。初めからわかってたのかい」
不思議そうな声で尋ねるガイに、ギンジは苦笑しながら首を振った。
「いいや、念のためだったが……まさか、ここまで最悪の方向に転がっていくとはな」
そう、ギンジたちが出かけて間もなく……ケットシー村は襲撃を受けたのだ。
もっとも、武器を持った十数人の男たちなど、ガイとカツミの敵では無かった。あっさりと撃退し、そのほとんどを生け捕りにしたのだ。
その後、襲撃者から話を聞いてみると、驚くべき事実が判明する。彼らは、コルネオが全ての計画を立てたと言ったのだ。
コルネオの計画では、気の良いニャントロ人たちとコボルドたちを戦争させ、その隙にケットシー村を襲い、女子供たちを奴隷として売り飛ばすはずだった。ニャントロ人の奴隷は最近、高く売れるのだという。
しかし、ギンジたちの存在が全てをぶち壊した。
「ニャントロ人たちは、みんなショックを受けてるよ。コルネオとは十年以上の付き合いだったらしいんだ。なのに……」
そう言うガイも、若干ではあるがショックを受けているようだ。
「裏稼業やってりゃ、よく聞く話だよ。金が絡めば、親でも売る奴はいるんだ。にしても、あのヒロユキがそんなことを言ったとはなあ」
感心したような表情で、カツミは言った。
「いやあ、凄かったですよ。ヒロユキくんは拳銃構えてるギンジさんの前で、ねじ曲げるくらいなら死んだ方がマシだ! って啖呵切りましてねえ。まあ、その後は気絶しちまいましが。運ぶのに苦労しましたよ」
ヘラヘラ笑いながら、疲れたとでも言いたげに肩を回すタカシ。
「もしかしてヒロユキの奴、俺が思っていた以上の男かもしれん。奴と組めば、オレももう一度、返り咲けそうだ」
ギンジの意味ありげな言葉に、一同は顔を見合わせた。
その頃ヒロユキは、ひとけの無い場所にて、ひとり泣いていた。
コルネオが悪党の親玉だったなど、聞きたくない話だった。だが、それが真実だったのだ。
(君は真面目な心優しい少年だ。あんな連中と、これ以上関わっちゃいけない)
「あんたは……嘘つきだ」
自分に対し、あんな言葉を掛けてくれたのに。
これまでの人生で、他人に誉められた経験などほとんど無いヒロユキ。だからこそ、コルネオという人物は特別な存在になっていたのに。
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