少年大覚醒(1)
ヒロユキは、突然の行動に唖然となっていた。いったい何を言っているのだろうか……。
だが、タカシはお構い無しだ。吠えているボスの方を向き、勇ましい表情で叫んだ。
「やい、コボルドのボス! ええと……奪った荷物を返せ! でないと、人間とニャントロ人の軍隊が乗り込んでくるぞ!」
開いた口がふさがらないとは、この事だろう。タカシはボスに向かい、身振り手振りを交えながら日本語で話しかけているのだ。
確かに、この世界に来てニャントロ人やコルネオ相手には、日本語が通じている。それを不思議だと思う余裕すらなかった。
しかし、ゴブリンには言葉が通じなかったのだ。まして、今のボスとコルネオの会話で使われた言語は、明らかに違う種類のものだ。
なのに……この男は何をやっている?
ヒロユキは気が遠くなり、今にも倒れてしまいそうな感覚に襲われた。
何だ、この人は……。
本当に頭が狂っているのか?
とにかく、この場を何とかしないと!
ヒロユキは、ギンジに助けを求める視線を送る。だが、あの男は事の成り行きを黙って見ているだけだ。
その間にも、タカシの奇行は続く。
「なあ、荷物だよ荷物! あの行商人から奪っただろうが! 傭兵を皆殺しに──」
その時、ボスが吠えた。耳障りな声を上げながら、タカシに詰め寄る。
いや、詰め寄るというよりも、タカシに訴えているといった方が正しいだろう。
一方のタカシは、黙ったままボスの訴えを聞いている。
だが、不意にこちらを向いた。
「ギンジさん……コボルドのボスはたぶん、こう言ってますね。身に覚えがない。お前は何を言ってるんだ? と」
その瞬間、コルネオの顔色がさらに青くなった。
「な、何を言ってるんだ……みんな、この男はおかしいのか?」
怯えた顔で言いながら、引き攣った笑みを浮かべる。
しかし、ギンジは首を振った。
「すまないが、オレはタカシを信じるよ」
ギンジの口から出たのは、ひどく冷酷な声だ。ヒロユキは混乱し、何も考えられなかった。
状況が全く飲み込めなかった……いや、飲み込みたくなかったのだ。
えっ?
何を言ってるの……。
コルネオさん?
まさか、あなたは……。
「コルネオさん、初めからおかしいと思ってたんだよ。傭兵を皆殺しにするような集団に襲われたのに、あんたはかすり傷程度しか負っていない」
ギンジは、淡々とした口調で語った。その目には、冷たい光が宿っている。
それに対し、コルネオは呆然とした様子でギンジを見ている。彼の言うことに、何も反論できないらしい。
「しかも、あんたは逃げるのに成功している。あんたの年齢と体型で、傭兵を全滅させるような連中の襲撃から逃げきるのは無理があるだろう。さらに、あんたはニャントロ人たちの殴り込みには反対しなかったのに、オレたちの殴り込みには反対した。どう考えても変だ。だから、確かめてみたのさ。ついでにタカシの力も、な」
そう言いながら、ギンジは笑ってみせる。
しかし、その目は笑っていなかった。冷酷な光を放つ視線を、コルネオに向けている。
その時、ボスが吠えた。直後、タカシが困った顔でギンジをつつく。
「ちょっとギンジさん……ボスの奴、かなり頭にきてますよ。下らねえ因縁つけやがって! この落とし前はどうつけるんだ、みたいな空気ですよ。どうします?」
ギンジがそちらの方を見ると、ボスは怒りを露にしていた。こちらを睨み、ギャアギャア耳障りな声で吠えている。
その取り巻き連中も殺気立っている。今にも襲いかかって来そうな雰囲気だ。
しかし、ギンジは怯まなかった。
「タカシ、ボスに言ってくれ。オレがケジメは取る、ってな」
そう言った後、ギンジは拳銃をコルネオに向けた。コルネオは何のことか分からず、戸惑いながら後ずさりしている。
タカシは身振り手振りを交えながら、コボルドたちに日本語で説明していた。それに対し、コボルドたちは耳障りな声でギャアギャア吠えている。
一方、ヒロユキは……思わず叫んでいた。
「コルネオさん!」
直後、洞窟内に響く銃声。次の瞬間、コルネオは崩れ落ちる──
ギンジの銃弾は、正確にコルネオの眉間を貫いていたのだ。
静まり返る洞窟。コボルドたちは当然、銃の事など知らない。しかし野生の本能で、何が起きたのか瞬時に察したのだ。彼らの顔に、はっきりとした恐怖が浮かんでいる。だが、それも当然だろう。得体の知れない力で、ひとりの人間が絶命したのだから。
「こいつらに言ってくれ。あんたらに罪を着せようとしたコルネオは、オレが始末した。これで用は終わりだ。オレたちは引き上げる、と」
タカシは、その言葉をそのまま日本語でコボルドたちに伝えている。
すると、コボルトたちはギャアギャアと耳障りな声で答える。どうやら、承知したらしい。
シュールな光景ではある。
だがヒロユキは、コルネオの死体から目が離せなかった。彼は死体となった今でも、何が起きたのか理解していないようだった。その顔は、何かを言いかけた表情のまま硬直している……。
「黒沢タカシ……噂には聞いたことがある。昔、南米のゲリラが日本人の商社マンを拉致した事件があった。ところが、ヘラヘラ笑いながら日本語で交渉して、人質を解放させちまった貿易商がいたと聞いたぜ。しかし、あんな生き物を相手に意思の疎通ができるとは驚いたよ。何であんなことできるんだよ?」
「それは、企業秘密ですね」
帰り道、話しながら歩いているギンジとタカシだったが、ヒロユキの足取りは重かった。
(君は、真面目で心優しい少年だ。あんな連中と関わっちゃいけない)
コルネオに言われた言葉を思い出す。あんな言葉をかけられたのは、生まれて初めてだった。
あの人は、そんなに悪人だったのか?
死ななきゃいけないことをしたのか?
「ギンジさん、なぜコルネオさんを殺したんですか?」
気がつくと、ヒロユキの口からそんな言葉が出ていた。ふたりは、その言葉に反応し振り返る。
「どうしたんだ?」
「あの人を殺す必要があったんですか!?」
ヒロユキは、凄まじい形相でギンジに詰め寄る。しかし、タカシが割って入った。
「ヒロユキくん、ギンジさんは悪くないよ。あの状況では、最善の手だった。少なくとも、私はそう思う。拳銃でコルネオを撃ち殺した……あの行動でコボルドたちを怯ませ、戦意を無くさせたんだ。でなければ、我々に襲いかかってきたかもしれないんだよ」
普段の態度とはまるで違う、真面目な表情で語る。だが、ヒロユキは引かなかった。
「あの人を……コルネオさんを殺す以外の選択はなかったんですか!?」
納得できず、なおも食い下がる。するとギンジは上を向き、溜息をついた。
「ヒロユキ、あいつは悪党だ。少なくとも、奴は嘘を吐いた──」
「それだけじゃないですか! 嘘は、殺されるほどの罪ですか!? あなたは、コルネオさんの何を知っているんですか!?」
「じゃあ逆に聞こう。お前はコルネオの何を知っているんだ?」
「それは……」
答えに窮し、口ごもる。だが、ギンジはなおも語り続ける。
「ここじゃあ、命なんて安いもんなんだよ。ここは日本じゃない。人の命なんかゴミクズ以下だ。人を殺しても、警察に捕まったりはしないんだぜ」
「そういう問題じゃないだろうが!」
ヒロユキは突然、凄まじい勢いで怒鳴りつけた。
「ぼくは、どんなに惨めでも……どんなに無様でも……生きたい! 生きていたいんだ! 人間の生きたいと思う気持ちに、世界は関係ないだろうが! みんな同じだろうが! その気持ちは、貴いものなはずだろうが! それを、あんな簡単に奪っていいはずはない!」
「それがお前の考えか? つくづく甘い奴だな、お前は。だったら失せろ」
そう言うと、ギンジは拳銃を抜いた。冷酷な表情で、ヒロユキに銃口を向ける。
「オレたちはな、この世界から脱出する。そのためには、どんな手段でも使うし、何人でも殺す。タカシもカツミもガイも、その点は同じだ。それがオレたちのやり方だぜ。悪党のやり方だ……それが納得できないのなら、消えろ。ここから先は、ひとりで行くんだな。オレたちと一緒に行くなら、二度とそんな口を聞くな。今度そんな口を聞いたら、お前を撃ち殺す」
「そんな……」
「どうするんだ、ヒロユキ? 今すぐ決めろ。オレたちと一緒に行くか、ここでオレたちと別れるか。さっさと決めてくれ」
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