犬人大交渉(2)
翌日の昼。
ギンジたち四人は、コボルドたちの住処近くに来ていた。全員、森の中で身を隠し偵察している。
「あれが、コボルドの巣ですか……なんか、ニャントロ人よりも原始的な奴らですねえ」
タカシが呟く。
コボルドの住処は、岩山にできた自然の洞窟だ。入り口には百五十センチから百六十センチほどの、犬の頭をした人間としか表現しようのない生物が二匹、棍棒のような物を片手に立っている。間違いなく見張りだろう。
「さて、行きますか。コルネオさん、通訳頼むぜ。みんな付いて来い」
そう言うと、ギンジは立ち上がった。コボルドに向かい、ゆっくり歩いて行く。
その後ろからタカシとコルネオが続き、最後にヒロユキが恐る恐る付いて行く。
一行の存在に気づいたコボルドは、奇怪なうなり声を上げて棍棒を構える。すると、ギンジが声を発した。
「コルネオさん、コイツらに言ってくれ。オレたちは争いに来た訳じゃない、ボスに会わせろと言ってくれよ」
ギンジの言葉に、コルネオは困った顔をしていたが、おずおずと口を開いた。
見張り番とコルネオとの耳障りな言葉の交換が行われる。やがて、コルネオは皆の方を向いた。
「つ、付いて来いと……行っている」
コルネオは緊張ゆえか、顔が死人のように青くなっていた。
一行は、洞窟の中に入って行った。
洞窟の内部は自然そのもののゴツゴツした岩場であるが、ところどころに松明が設置されている点が、わずかながらも住居らしさを感じさせる。
そんな中を、一行は二匹のコボルドの後ろから付いて行く。
ギンジは平然とした態度で、コボルドたちのすぐ後ろを歩いている。
タカシは相変わらず、ヘラヘラ笑いながら歩いている。さっきまでは、コボルドの横に並び、体をじろじろ眺めながら歩いていたため、ギンジに下がらせられたのだ。
しかしヒロユキとコルネオは、真っ青な顔で恐る恐る歩いていた。特にコルネオは、松明の明かりでもはっきり判るくらい顔色が悪い。
しばらく歩いていくと、大きく開かれた場所に出る。そこには十匹を超えるコボルドがいた。入ってきたギンジたちを見るなり、一斉に威嚇のうなり声を上げた。
しかし、見張りをしていたコボルドが何やら吠えると、皆は黙りこむ。そして全員、洞窟の奥に消えていった。
数分後にのっそりと現れたのは、ひときわ大きなコボルドだ。身長は、二メートルを超えているだろう。地面に着きそうなくらい長く太い腕、広い肩幅とたくましい胸板、妙に細い腰回り……全てにおいて、他のコボルドより化け物じみていた。
その周りには、絵に描いたような取り巻きのコボルドたちが、ギャアギャア耳障りな声を上げながらウロウロしている。
ギンジはその様子を見て、脇のホルスターから拳銃を取り出し安全装置を外した。表情も険しくなる。
だが、タカシは……こんな状況でもヘラヘラしているのだ。横で見ているヒロユキには、本当に頭がおかしいとしか思えなかった。
ボスは、彼らのことなど恐れる様子なく吠える。その声は、他の者たちとはまるで違っていた。
「コルネオさん、あいつは何て言ってる?」
ギンジはコボルドたちから目を離さず、コルネオに尋ねた。
「あ、ああ……何だか、ひどく怒ってるな」
怯えながら、かろうじて声を出す。
「じゃあ、あいつらに言ってくれ。オレたちは争う気はない、奪った荷物を返してくれ、と。後は……この辺りの行商人には手出ししないでくれ、とな。そうすれば、今回は何もしない。だが、奪った荷物を返さないと、ここに人間とニャントロ人の軍隊を差し向けると。さあ通訳してくれ、コルネオさん」
「わかった」
ギンジに促され、コルネオは少しずつ言葉を絞り出していく。
コルネオのたどたどしく発せられる言葉に対し、コボルドたちの耳障りな声が返ってくる。
奇妙な言葉の応酬。だが、どのような状況なのかは、まるで分からない。コボルドが怒っているのか、喜んでいるのか……ヒロユキには判断できなかった。どうしていればいいのかわからず、ふと横のタカシを見てみる。
タカシの表情は、僅かながら変化していた。ヘラヘラ笑いは相変わらずだが、目つきがさっきまでとは違う。どこか、真剣さを感じさせる目になっている。コボルドたちのボスの動きや言葉を、じっと観察している……ように見えた。
コルネオとボスの会話らしきものは続いている。コルネオがゆっくりと言葉を発し、ボスが早口で言葉を返す、といったような状況だ。正直、交渉がはかどっているようには見えない。
その時、声を発した者がいた。
「ハイハイ! もう止め止め!」
突然、タカシが叫びながら前に進み出たのだ。両手を大きく振り、コルネオとコボルドたちとの間に割って入る。
「コルネオさん、あんたはさっきから変な事ばっかり言ってるね。全く通じてないよ。あんたは通訳失格! 選手交代だ!」
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