犬人大交渉(1)

「ギンジさん、あんた本気なのか? オレとカツミさん抜きの……たった四人で、あのコボルドどもと交渉しようっていうのか?」


 唖然となりながら、ガイは尋ねる。その横で、カツミも頷いた。


「オレも、そう思うぜ。いくらなんでも、そいつは無茶だ。連れて行くのが、この三人だけなんてヤバいだろ」


 そう言いながら、タカシとコルネオ、そしてヒロユキを示す。もっとも、一番納得いってないのは指名されたヒロユキ本人だった。




 先ほど、ほとんどのニャントロ人たちを家に帰らせた。今残っているのは、一行の他はチャムとコルネオのふたりだけである。もっとも、チャムは既にイビキをかき、ヨダレをたらしながら眠っている。

 そんな中、ガイとカツミは夜のうちに奇襲をかけようと提案した。コボルドたちは荷物を奪い、上機嫌で巣に戻って戦利品を愛でているだろう。その油断しきっている隙をつけば、簡単に全滅させられるはずだ。

 しかし、ギンジはその意見に反対した。そればかりか、こんなことを言い出したのだ。


「オレとタカシとコルネオさん、それにヒロユキの四人で、コボルドと交渉してみる」




 ギンジは、未だに納得いかない表情のカツミとガイに、諭すように語りかける。


「カツミ、それにガイ……お前らが強いことはわかってる。だからこそ、今回はお前らを温存しておきたいんだ」


「温存?」


 聞き返すカツミに、ギンジは頷いた。


「そうだ。お前らの力は凄いよ。だからこそ温存したい。こんなザコどもと戦うのはもったいないぜ。戦わずして勝つ、それこそが上策だ。それに、幾つか確かめたいこともある。だから、今回はオレたちに任せてくれ」


 言いながら、カツミの肩を叩く。


「だったら、せめてヒロユキとオレを交代させろ。オレが行く」


 ガイはなおも粘るが、ギンジは首を振った。


「いいか、オレはケンカしに行くわけじゃない。交渉しに行くんだ。交渉なら、お前よりオレの方が上だ。交渉の時の作戦として、ヒロユキみたいなのがいた方がいいのさ。それに、お前は湖でコボルドを殴っただろうが。お前がいたら、面倒が起きるかもしれん」


「けどな──」


「ガイ、お前にはニャントロ人を守ってもらいたいんだ。ニャントロ人は、オレよりお前らになついている。いざとなったら、お前らの方がニャントロ人たちを指揮して戦ったりしやすいだろう。だから、お前らふたりを残すんだ」


「わかったよ……」


 ガイは不満そうな顔をしながらも、一応は承知して見せた。


「すまんな、ガイ。そしてタカシ、オレとお前が交渉役だ。コルネオさん、あんたはコボルドの言葉が話せるんだよな。通訳を頼んだぜ」


 ギンジから不意に矛先を向けられ、コルネオは困惑の表情を浮かべる。


「ああ、少しは話せる。だがね、私が行かないとダメなのか?」


「当たり前だろうが。あんたが行かなきゃ、言葉が通じないだろうが。巣の場所だって分からないんだ。それに、あんただって商人だろう? 商売の邪魔されて、引っ込んでいるつもりか?」


 語気鋭く、コルネオに迫る。


「あ、ああ。それなら仕方ないな」


 ギンジの勢いに押され、コルネオは首を縦に振った。


「段取り完了ですな。いやあ、まさかギンジさんからのご指名が来るとは感激ですな。ただ、私めに何が出来ますかは疑問ですが」


 真面目な話が終わったと見るや、タカシは妙なテンションで喋り始める。だが、その横でカツミがギターケースを持ってきた。

 そのケースを、皆の前で開けて見せる。


「うわあ! 何ですかこれは!」


「何だよ、こりゃあ……」


 タカシとガイは、驚きの声を上げる。ヒロユキも、あまりの光景に言葉が出なかった。


 ギターケースの中には、日本刀が入っている。カツミがそれをどけて底板をいじくると、底板が外れた。

 その下にあった物は……。

 大型のハンティングナイフ。

 拳銃が二丁。

 手榴弾が数発。

 銃身を短く切り詰めたショットガン一丁。


 そんな、物騒と呼ぶのも生ぬるいような代物が収納されていたのだ。

 カツミは大型の拳銃を取り出し、ギンジに差し出す。


「ギンジさん、あんたなら撃ったことあるだろ。念のために持っていけよ」


 しかし、ギンジは首を横に振った。


「気持ちは嬉しいが、そいつはお前が持ってた方がいい。第一、デザートイーグルはオレには大き過ぎるよ。弾数も少ない。オレにはこいつがある」


 そう言って、ギンジは上着を脱ぐ。

 ワイシャツの上に、拳銃の収納されたホルスターを装着している様が露になった。ギンジはホルスターから拳銃を取り出し、カツミに見せる。

 すると、カツミは納得したように頷いた。


「グロックか。確かに、弾数も多いし扱いやすいよな。分かった、それならオレも安心だ。ただ、気をつけてくれ」


 カツミがそう言ったとたん、ひょいと顔を出した者がいた。


「では、私めが」


 さりげなく拳銃に手を伸ばすタカシ。だが、その手はカツミによって払いのけられた。


「ふざけるな。お前みたいな奴に渡したら、間違えてギンジさんやヒロユキを撃ちかねないだろうが。お前は、得意のマシンガントークでコボルドを撃退しろ」


 そう言うと、カツミはギターケースの蓋を閉めた。その時、ガイが口を挟む。


「カツミさん、あんた……こんな武器持って、何しに行くとこだったんだ? もしかして殴り込みか?」


 その問いに、カツミは頷いた。


「ああ、そうさ。オレは鉄砲玉なんだよ」


 そう言って、歪んだ笑みを浮かべた。




 夜中、全員が床の上で雑魚寝している。

 しかし、ヒロユキはなかなか眠れなかった。つい、いろいろと考えてしまう。なぜ、自分がコボルドとの交渉に同行しなくてはならないのか?

 そもそも、なぜ交渉などするのだろう。


 そんな必要があるんだろうか?

 どうせ、相手はコボルドなんだ……皆殺しにすればいいじゃないか。

 待てよ。ぼくは何を考えてる? 

 これはゲームじゃないんだ。

 コボルドだって生きてるんじゃないか。ここのニャントロ人と同じだ。

 話し合いで解決できるなら、その方がいいのかもしれない。


 ヒロユキがそんなことを考えていると、横で誰かの起き上がる気配がした。

 よく見れば、コルネオである。暗くて顔は見えないが、うっすらと見える体型で判別できる。

 コルネオはひとり、こっそりと外に出ていく。月明かりを頼りに、ヒロユキも後を追った。後ろから、声をかける。


「コルネオさん」


 ヒロユキの声を聞いたとたん、コルネオははじかれたように飛び上がった。異様な反応だ。恐る恐る、後ろを振り向く。


「君は……ヒロユキくん、だったね」


 コルネオの顔に、安堵の色が浮かんだ。


「どうしたんですか?」


「い、いや……眠れなくてね」


 曖昧な笑みを浮かべるコルネオ。ヒロユキは少し迷ったが、ニッコリと笑って見せた。


「ぼくも眠れないんです。ちょっと、お話ししませんか?」




 ふたりは井戸のそばに並んで腰掛け、話しながら星空を見ていた。


「そうか、君たちは旅人なのか。私もあちこち旅をしているからね。大変だよ……特に近頃は、怪物の数が非常に多く、しかも凶暴化している。知り合いの行商人の中にも、怪物の餌食になった者がいるんだ。ところでヒロユキくん、君に言っておきたいことがある」


「は、はい」


「君は、あんな連中と一緒にいちゃダメだ」


 コルネオは、厳しい表情で語り続ける。


「ヒロユキくん、私は彼らが何者かは知らない。しかし、ひとつだけわかることがある。彼らは間違いなく悪人だ。それも、とんでもない……私もこれまで、何人もの悪人を見てきたが、彼らほど恐ろしい連中を見たのは初めてだよ」


「いや、あの──」


「単純に力が強いとか、そういうことを言ってるんじゃない。彼らは、人間のまま怪物になってしまった者なんだ。姿は人間のままだが、心が怪物化する……そういう人間がいるんだ」


「怪物?」


「そうだよ。君は彼らみたいになっちゃダメだ。彼らみたいに、心が怪物化したら……もう戻れないんだ。私にはわかる。君は、真面目で心の優しい少年だ。あんな連中と、これ以上関わっちゃいけない。でないと、君もいつか怪物になる」





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