猫人大集落(2)
教育番組などに登場する、原住民の集落……ケットシー村を言葉で表現するなら、それがもっとも適切だろう。
ニャントロ人たちは皆、木でできた粗末な小屋のような物に住んでいた。村の中心には井戸、端の方には小さな畑もあった。村の周りは木の柵に囲まれている。
村から出てきたニャントロ人たちは、初めは胡散臭そうに一行を見ていた、だが、チャムが進み出る。
「みんな、このニャンゲン人はいい奴だにゃ! チャムを助けてくれたにゃよ!」
その言葉を聞いたとたん、皆の態度が変わる。さらに、集まったニャントロ人たちの中から、ひときわ大きな体格の者が進み出てきた。
「な!? チャムを助けてくれましたにゃ!? ありがとうございますにゃ! 私は村長のタムタムですにゃ!」
百九十センチで百十キロのカツミと、ほぼ同じ体格の強面なニャントロ人──大柄で強面の男だが、猫耳と尻尾はちゃんと付いている──が、ニコニコしながらひとりひとりに握手する。
「い、いや……これはどうも」
しかめ面をしながら、タムタムと握手する一行。
全員、必死で笑いをこらえている。
「な? 皆さん、どうしましたにゃ? 肩がプルプルしてますにゃ……あ、長旅でお疲れですにゃ! チャム、皆さんを宿にお連れするにゃ!」
タムタムは威厳のある態度で、チャムに命令する。
「わかったにゃ! ガイ、こっちだにゃ!」
そう言うと、チャムはガイの手を引き、嬉しそうな顔で村の中を歩く。その後を、一行はしかめ面をしながら付いて行く。
ニコニコしながら、一行に挨拶するニャントロ人たち。みんな、とても嬉しそうだった。
一行は、村で一番大きな建物に通された。タカシとカツミは火を起こし、大鍋の中にダイアウルフの肉と水、そしてニャントロ人から分けてもらった野菜と、タカシが持っていた調味料を入れて煮込んでいる。
その大鍋をじっと見つめているチャム……とニャントロ人の子供たち。
「お肉いっぱいだにゃ……美味しそうだにゃ」
チャムはタムタムから、一行の身の回りの世話を任命された……はずなのだが、大鍋の中身をじっと見つめている。さらに、旅人たちを一目見ようとやって来た子供たちも、大鍋の中身に興味津々のようだ。
「あの、皆さんも食べますか?」
大鍋をかき混ぜるタカシが声をかける。すると、皆の表情がパッと明るくなった。
「い、いいのかにゃ!」
「美味しそうだにゃ!」
「食べたいにゃ!」
ニャントロ人たちは、口々に叫ぶ。
「仕方ねえな。一宿一飯の恩義だ。分けてやろうぜ、タカシ。どうせ、長くはもたねえ訳だしな」
カツミはそう言うと、ニャントロ人たちの方を向いた。
「お前ら、器持ってきて並べ!」
やがて、村人たちが次々と集まってきた。
ニャントロ人たちは器を手に行儀よく並び、タカシがいい加減なやり方で作った肉鍋をよそってもらっている。
「美味しいにゃ!」
あちこちから聞こえる、微笑ましい声。ニャントロ人たちは、本当に嬉しそうな顔で肉を食べている。
もちろん、ニャントロ人たちもただ肉鍋をたかりに来ている訳ではない。てんでに野菜や果物、鶏肉、黒パンなどを持ち寄り一行に差し出している。
さらに、ニャントロ人たちは自家製の果実酒まで持って来たのだ。
本格的な宴会の始まりである。
「いやあ! 君たちは実に楽しい! ケットシー村は最高だ! 私のロボットダンスを見ろ!」
果実酒を大量に飲み、すっかり酔っぱらいと化しているタカシ。奇怪なダンスを披露し、ニャントロ人たちを楽しませている。
カツミはその横で、黙々と果実酒を飲んでいた。飲みながらも、その大きな体にじゃれついてくるニャントロ人の子供たちと遊んでいる。
「なー、ガイはお酒飲まないのかにゃ?」
「ああ……あんまり好きじゃねえんだ」
ガイはチャムと二人で、集団の輪から少し離れた位置にいる。チャムはガイにまとわりつき、ガイもそれが嫌ではなさそうだ。
そんな中、ギンジはヒロユキの横にいる。二人は黒パンと肉鍋を食べながら、声をひそめて話していた。
「ヒロユキ……俺たちはこの後、どこに行けばいいんだ?」
「とりあえずは、大きな街を目指すべきかと思います。ただ、この辺りにはコボルドの群れがいるんですよ。奴らとニャントロ人は、とても仲悪いです」
「コボルド……ああ、さっきの犬人間か」
「そうです。奴らの巣も、この近くにあるはずです」
ヒロユキがそこまで言った時、外から飛び込んで来た者がいた。
「なー! 大変だにゃ! コルネオさんが襲われたにゃ!」
ひとりのニャントロ人が、大慌てで叫びながら飛び込んできたのだ。
「なー! それは大変だにゃ!」
「な!? 誰がやったにゃ!?」
「なー! 許せんにゃ!」
ニャントロ人たちは怒りを露に、次々と立ち上がる。
やがて、マントを羽織った小太りの中年男が入って来た。いや正確には、運ばれて来たのである。ふたりのニャントロ人の若者に両側から支えられ、ヨロヨロしながら歩いて来た。
「なー! コルネオさん、しっかりするにゃ!」
「な! 大丈夫かにゃ!」
先ほどまでの楽しそうな雰囲気は一転、ニャントロ人たちは傷ついた中年男の周りを取り囲み、ぐるぐる回り始める。
「お前ら! 落ち着け!」
見かねたカツミが吠える。次いで、村長のタムタムも吠えた。
「そうだにゃ! まずは、みんな落ち着くにゃ!」
ふたりの大男の咆哮は、ニャントロ人たちを一瞬にして黙らせた。すると、中年男が口を開く。
「私は、行商人をしている者です。今しがたコボルドたちの襲撃に遭い、荷物を残らず奪われてしまいました。護衛に雇った傭兵は皆、奴らに殺されてしまいました。私だけが、かろうじて逃げてきて……」
そう言った後、コルネオは悔しそうに顔をしかめる。体のあちこちに小さな傷はあるが、命に別状はない。動くのにも支障はなさそうだ。
彼の話を聞いて、ニャントロ人たちは騒ぎ出した。
「な! コボルドめ……コルネオさんによくも! 許せんにゃ!」
「なー! みんなでやっつけにいくにゃ!」
「なー! 明日は殴り込みだにゃ!」
ニャントロ人たちは、口々に怒りの声を上げている。その横で、一行は複雑な表情を浮かべていた。
「みんな、オレは……」
ガイが、何か言いかけた。すると、ギンジがニヤリと笑う。
「分かってる。好きにしな」
「という訳で皆さん! 我々は明日、コボルドをブッ殺しに行きますにゃ! だから、今日はもう寝ますにゃ!」
タムタムは、勇ましい声で一行にそう言った。だが、カツミが口を開く
「待て待て。あんたらには世話になった。戦いなら、オレたちが行くぜ」
静かな口調で、言葉を返した。続いて、ガイも口を開く。
「ああ、カツミさんの言う通りだ……コボルドって、あの犬みたいな奴らだろ。オレたちが皆殺しにしてやるよ」
言いながら、笑みを浮かべる。もっとも、その目には凶暴な光が宿っていた。
ニャントロ人たちはその言葉を聞き、てんでに顔を見合わせた。口にはしないが、どうしたもんか……とでも言いたげな表情になっている。
その時、立ち上がった者がいた。
「バカなことを言うな! 君たちのかなう相手じゃない!」
コルネオは血相を変え、皆に怒鳴りつけた。すると、ガイは不敵な笑みを浮かべる。
「バカはあんただよ」
そう言いながら、ガイはそばにあったカボチャを掴みとる。直後、指に力を入れた。
一瞬にして、カボチャはバラバラに砕け散る。
「な……」
「な!?」
「凄い力だにゃ!」
ざわめくニャントロ人たち。だが、それだけでは終わらなかった。さらに、ガイはリンゴを拾うと宙に投げる。
すると、いつの間に用意したのか、カツミの刀が一閃──
リンゴは、真っ二つの状態で床に落ちる。
「な!」
「何したか、見えなかったにゃよ!」
「あの人たち、凄く強いにゃ!」
ニャントロ人たちのざわめきは、いっそう大きくなった。
そして、ギンジが前に出る。
「このふたりは、恐ろしく強いぞ。まずは、オレたちに任せてくれないか? 殴り込みは、オレたちが失敗した後でも遅くないだろう? コボルドと全面戦争になったら、勝っても無傷じゃ済まないだろうが。万が一にも負けたら、遺された女子供はどうなる……タムタムさん、あんたも村長なら、村人の安全を守るのも仕事だろう? だから、オレたちを雇ってくれ。オレたちにやらせてくれ」
ギンジの落ち着いた、しかし力強く語る声は、周囲のニャントロ人たちの気持ちを穏やかにさせ、冷静なものに変えていった。
タムタムも例外ではなかった。
「わ、わかりましたにゃ。あなた方に頼みますにゃ」
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