集団大移動(2)

 外では、またしてもトラブルが起きていた。

 ガイとカツミが、奇怪な人型の生き物たちと向かい合っている。生き物は犬のような頭を持ち、人間のように二足で立っている。数は十人ほどか。ガイとカツミに対し、ギャアギャア威嚇するような声で吠えている。

 それだけでも、充分に厄介な事態であることは見てとれる。

 しかし、この状況をさらに複雑にしている者がいた……ガイたちと犬人間たちとの間に、ひとりの女がいるのだ。

 その女は、一見すると若く見える。赤い髪は、切れ味の悪い刃物ででたらめに切ったかのように、バラバラの長さで短く切られている。皮のベストと布のシャツを着て、皮のパンツを履いている。顔は可愛らしいが、野生の獣のような雰囲気も漂わせていた。

 そんな彼女の頭には、猫の耳のようなものが生えているのだ。


 ヒロユキは唖然となった。あの犬人間は、間違いなくコボルトだ。ゲーム『異界転生』にも登場していた亜人。ゴブリンと同じくらいの強さで、序盤に登場するザコキャラ。そして猫のような耳の生えた女は……獣人ではないだろうか。異界転生では、人間の仲間だったはず。


 その時、状況が一変した。血の気の多いガイが、コボルトにつかつかと近づいて行ったのだ。


「おい、てめえら何なんだよ!? あの緑猿の仲間か?」


 ギャアギャア吠えるコボルトたちを相手に、ガイは恐れる様子もない。むしろ、嬉しそうな表情を浮かべている。

 それに対し、コボルトはまたしても吠える。言うまでもなく、お互いの言葉は通じていない。にもかかわらず、その言わんとするところは理解し合えたようだ。


「そうかい。上等じゃねえか!」


 怒鳴ると同時に、ガイは襲いかかって行った──


 ガイのパンチが飛び、コボルトは吹っ飛んでいった。

 すると、コボルトたちは一瞬にして静まり返る。たった一撃で、ガイの超人的な強さを理解したのだ。先ほどまでの雰囲気が一変し、怯えたように後ずさりしている。

 一方、ガイの方には収まる気配がない。さらに追撃しようと襲いかかる。放っておけば、コボルトを皆殺しにしてしまいかねない。

 だが、ギンジの声が飛んだ。


「ガイ、ちょっと待ってくれ」


 コボルトに飛びかかろうとしていたガイだったが、その一言で動きを止める。一方、コボルトたちは倒れた仲間を助け起こすと、一目散に逃げて行ってしまった。


「おいギンジさん、何で止めんだよ!」


 いかにも不快そうな表情で、ガイはギンジを睨み付ける。だが、ギンジは平然としていた。


「あいつらは逃げた。無理に追うことはねえ。それより、そこにいる女の子は何なんだ?」


 言いながら、ギンジは女を指差す。


「えっ……いや、オレも知らねえよ。湖の近くで、いきなり──」


 ガイの言葉は、そこで止まった。女がいきなり近づき、ガイの手をがしっと掴んだからた。


「ありがとにゃ! 助かったにゃ!」


 女はガイの手を握りしめ、いかにも嬉しそうに言った。一方、ガイは照れくさそうな表情を浮かべている。

 だが、その時……ヒロユキたちは違うものを見ていた。女の、毛皮のパンツに覆われていない部分……腰と尻の境目から、獣の尻尾が生えているのが見えたのだ。

 それは猫の尻尾に似ており、クネクネ動いている。


「おいおい、こいつ尻尾まで付いてんのかよ」


 呟くカツミ。もっとも、冷静に考えてみれば緑の猿や犬人間などを目の当たりにしているのだ。猫の耳と尻尾の生えた人間がいたからといって、今さら驚くほどではないのだが……。


「ところでヒロユキ、さっきの犬みたいなのが獣人か?」


 不意に、ギンジが尋ねる。


「いや、さっきの犬みたいなのはコボルドです。獣人というのは、あの女たちのような種族です」


「何だと? あの犬人間の方が、よっぽど獣人ぽいがな」


「言われてみれば、そうなんですが……とにかく、獣人は人間の味方だったはずです」


「そうか。まあ、それはともかくだ。あの緑猿といい、今のコボルドといい……どうやら、お前にはこの世界の知識があるようだ。しかし、ゲームと共通点があるとはな。何かあったら、また教えてくれ」


 言いながら、ギンジはヒロユキの肩を叩いた。


「え、ええ」




 女は、チャムと名乗った。名乗った後、ガイと親しげに話している。


「チャムは、ここに魚を獲りに来たんだにゃ。そしたら、コボルドたちが来て……危ないとこだったにゃよ。それにしても、お前は本当に強いにゃ」


 言いながら、チャムはガイの腕をペチペチと叩く。どうやら、ガイのことを気に入ったらしい。


「ま、まあな。あんな奴らなら余裕だよ。ところでチャム、お前はどこから来たんだ?」


 尋ねるガイの表情も楽しそうだ。戦いの時の残忍なニヤニヤ笑いとは違う、優しげな微笑みを浮かべている。


「ケットシー村だにゃ」


 チャムも、ニコニコしながら答える。


「ケットシー村? そこには、お前みたいなのが大勢いるのか?」


「なー? ニャントロ人のことにゃ? ニャントロ人は、ケットシー村にいっぱいいるにゃ。一、二、三、たくさんいるにゃ!」


 チャムは、指を折って数える仕草を見せる。


「ニャントロ人? お前は、ニャントロ人っていう人種なのか?」


「そうだにゃ。お前、ニャントロ人を知らないのかにゃ? バカだにゃあ」


「お前に言われたかねえよ……」


 苦笑するガイ。その横で、ギンジら四人は火を起こし、肉を焼いたりお湯を沸かしたりしていた。


「なあヒロユキ、そのニャントロ人とかいうのは、人間の仲間なのか?」


 ギンジはお湯を沸かしながら、ヒロユキに尋ねる。


「ええ、敵ではなかったですね。人間とは仲良しだったはずです」


 ガイとチャムの会話を横目で見ながら答える。


「それにしても、ガイくんは凄いですね。あの猫娘を見事に手なずけちまいましたよ。案外、彼にはホストの素質があるのかもしれませんねえ」


 タカシは木の枝に突き刺した肉を焼きながら、感心したような顔で言った。

 確かに、先ほど出会ったばかりだというのに……今のふたりは、まるで再会した古くからの友人同士のような雰囲気で会話している。


「ホストの素質? ある訳ねえだろうが。あんな人相の悪いホストがいてたまるか。しかし、いい気なもんだぜガイの奴」


 カツミもタカシと一緒に肉を焼きながら、しみじみとした口調で言った。その凶悪な顔が、若干ほころんでいる。


 一方、ガイとチャムは会話を続けていた。


「ところでチャム、お前ケガはないか?」


「大丈夫だにゃ。チャムだって強いにゃ。コボルトだって、一、二、三……たくさんブッ飛ばしたにゃ! 今日だって、三匹くらいだったらブッ飛ばしてやったのににゃ」


「そうか」


 またしても、苦笑するガイ。このチャムという娘、頭は底無しに悪いらしい。


「でも、お前は凄く強いにゃ。チャムを助けてくれた、善い人だにゃ」


 ニコニコしながら、そんなことを言うチャム。すると、ガイの表情が少し暗くなった。

 だが、無理やり笑顔を作る。


「なあチャム、一緒に肉食べるか?」


「な! 欲しいにゃ! チャムはお肉とお魚が大好きだにゃ!」


「じゃあ、食べてけよ」




「にゃはははは! 美味しいにゃ!」


 焼き上がった肉を、美味しそうに食べるチャム。


「おいチャム……お前、ケットシー村から来たと言ったな」


 ギンジが優しげな声で尋ねる。


「なー? そうだにゃ」


「そうか……なあ、みんなでお前らの村に行ってもいいか?」


「なー? 村に来たいのかにゃ? たぶん、大丈夫だと思うにゃ。ニャンゲン人は村にたまに来るにゃ」


「ニャンゲン人て、オレたちのことか……」


 ギンジは苦笑しながら、皆の顔を見回した。


「みんな、とりあえずは、そのケットシー村とやらに行こうと思うが……」




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