集団大移動(1)

 バスが走っている。

 木が生い茂る異世界の林の中を、バスがゆっくりと走っているのだ。異様な光景である。

 しかも、そのハンドルを握っているのは……五人の中で最も落ち着きのないタカシであった。

 タカシは妙なテンションで喋り続けながら、バスを走らせている。


「不思議な話もありますねえ。運転手はどこに消えたんでしょうか? あっ、そうだ! ヒロユキくん、こっちに来なさい。君に運転させてあげよう」


 いきなり振り向き、ヒロユキを呼ぶ。その瞬間、周りが殺気立った。


「お前! ちゃんと前見て運転しろや! だいたい、ガキに運転させてどうすんだ!」


 血相を変え怒鳴りつけるカツミだったが、タカシは涼しい顔だ。


「何を言ってるんですか。少年は皆、バスの運転手に憧れるものです。巨大なバスを操る、これは少年の巨大な父親への憧れをですね──」


「んなこと知らねえよ! 意味のわからねえこと言ってんじゃねえ! もういい! 運転代われ!」


 カツミが憤怒の形相で怒鳴りつけ、バスを強引に止めさせた。




 そして今は、カツミが運転している。

 凶悪な顔を歪ませ、真剣な表情で、ゆっくりとバスを走らせている。

 木を避けながら、歩くよりも遅いスピードで動いている。


「カツミさん、あんた顔のわりに慎重だな」


 ガイはナイフをいじくりながら、からかうような言葉を発した。


「うるせえ!見た目で判断するな! 運転中に話しかけんじゃねえ!」


 恐ろしく怖い顔で前を見つめながら、怒鳴り返す。その後ろでは、タカシがダイアウルフの肉と毛皮に紐を結びつけている。結びながら、カツミに話しかけていた。


「カツミさん、このまま真っ直ぐ行けば、水場に到着するはずです。しかし、本当にここは何なんでしょうねえ? ヒロユキくん、君はどう思います?」


「えっ!?」


 いきなりタカシに話の矛先を向けられ、戸惑うヒロユキ。


「この肉は本当なら、天日干ししたいんですが、仕方ないですね……ところでヒロユキくん、君は何か知っていそうな気がするんだが、私の気のせいかな」


 肉をバスの手すりにくくり付け、ぶら下げながら、タカシは喋り続ける。

 生臭い匂いが車内にたちこめているが、全員慣れてしまった。


「オレもそう思う。なあヒロユキ、お前は何を知ってるんだ? 言ってみろ」


 ずっと黙っていたギンジが、久しぶりに口を開いた。


「い、いや……その、何て言うか──」


 ヒロユキは口ごもった。すると、恐ろしい声が響き渡る。


「もったいぶるんじゃねえ! 早く言えよ!」


 運転しながら、カツミが怒鳴ったのだ。ヤクザ社会で鍛えられてきたカツミの罵声は凄まじい。ヒロユキは一瞬にして縮み上がり、下を向いた。この状況では、そもそも喋ることさえ出来ない。


「まあ、そう急かすなよ。なあヒロユキ、何でもいいから話してみろ」


 ギンジが横から助け船を出す。だが、ヒロユキは黙ったままだ。

 それも仕方ないだろう。日本刀を振り回す凶悪な顔のヤクザに、ナイフを使いゴブリンやダイアウルフを切り刻むチンピラ……さらには、そんなふたりのケンカを止めてしまえる得体の知れない中年男や、訳の分からないテンションで肉を干しているおかしな青年までいる。

 そんな連中の前で、ここはゲームの世界に似ている、などと言ったら……どうなるだろうか。殺されはしないだろうが、ブン殴られるかもしれない。

 そんなことを考えると、ヒロユキは萎縮するばかりだ。

 しかし、ギンジは辛抱強く語り続ける。


「ヒロユキ、いいから言ってみろ。今は、お前の考えを言って欲しいんだ」


 そのギンジの声には、不思議なくらい優しく、聞いている者を落ち着かせる効果があった。ヒロユキはその声に後押しされ、口を開く。


「ここは、ぼくが昔にプレイしたゲームの世界……に似ているんです」


「ゲームの世界だあ!? ふざけるな!」


 前を向いたまま、怒鳴りつけたのはカツミだ。しかし、ギンジの落ち着いた声が割って入る。


「カツミ、あんたは運転に集中してくれ。それと……ヒロユキ、お前に聞きたいんだが、こんな状況のゲームがあったってことか?」


「は、はい、そうです。ここと似た感じのゲームがありました」


 ヒロユキは緊張しながらも、どうにか言葉を絞り出す。


「そうか……そのゲームだと、この後どういう展開になるんだ?」


 穏やかな口調で、ギンジが質問を続ける。


「えっ? ちょっと待ってください」


 頭をフル回転させ、思い出そうとする。しかし、またしてもカツミが声を発した。


「おい、でっかい湖があるぞ!」


 その言葉と同時に、バスが止まった。カツミは立ち上がり、扉を開けてバスから出て行く。


 確かに、湖が見えるのだ。木と草に囲まれているため遠くからでは見えなかったが、十メートルほど先には水面が広がっている。


「なあ、タカシさん……あんた、真っ直ぐ行けば水場があるって言ってたよなあ。何でわかったんだよ?」


 外に出ようとしていたガイが立ち止まり、不思議そうに尋ねる。


「いや、確信はなかったんですが……獣道に沿っていけば、水場にたどり着くんじゃないかと。私は以前にも、アフリカに旅行に行ったことがありましたし。まあ、賭けみたいなもんでしたが」


 そう言った後、タカシはヘラヘラ笑ってみせた。


「訳わかんねえな、あんたは」


 呆れた顔をしながらも、ガイはバスから降りていった。すると、今度はギンジが口を開く。


「タカシ、あんたはひょっとして――」


「あ、ちょっと失礼。私も行ってみますよ。確かめたいこともありますしね」


 そう言うと、タカシはバスの外に出て行った。湖の水に口を付け、慎重に飲んでいる。

 そんなタカシの動きを、ギンジはバスの中からじっと眺める。


「あいつ、やはり……まあ、いいか。とりあえずは話の続きだ。ヒロユキ、そのゲームについて、もう少し詳しく聞かせてくれ」


「えっ、ゲームですか?」


 ヒロユキは、必死で思い出そうとした。ゲームのタイトルは『異界転生』。プレイヤーはトラックに轢かれ、異世界に転生するのだ。序盤に出現したモンスターが、ゴブリン、ダイアウルフ……よくあるRPGの設定ではあるが、ダイアウルフの見た目や動きは独特のものだった。

 その時、ヒロユキは思い出したことがあった。


 確か、獣人の村もあったな。


「えっと、この辺りには獣人の村もあったはずです……」


 ヒロユキはつっかえながらも、思い出したことを口にした。


「獣人? 獣人てのは何だ? 映画の狼男みたいな奴か? それとも――」


「何だ! てめえらは!」


 ギンジの問いは、外からの怒鳴り声で中断させられた。ガイの声だ。何か、ただならぬことが起きたらしい。ギンジは即座に立ち上がった。


「ヒロユキ、来い」


 言うと同時に、ギンジは外に出ていく。ヒロユキも、恐る恐る後を付いて行った。




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