凶人大団結(2)

 巨大な狼が群をなし、自分たちの周囲を凄まじい速さで回っている……並みの人間なら、恐怖のあまりへたりこんでしまう光景であろう。

 だが、カツミとガイは違っていた。そんな状況に怯むような、まともな神経は持ち合わせていなかったのだ。

 ガイとカツミは、その状況に素早く反応する。まるで申し合わせてでもいたかのように、ふたりとも背中合わせになった。


「何でしょうか、あの犬は。あんな動き、するもんなんですねえ」


 楽しそうにニヤニヤしながら、タカシが言った。その時──


「あれはダイアウルフですよ! ダイアウルフは、ああやって戦うんです!」


 ヒロユキは、思わず声を張り上げていた。すると、ギンジが反応する。


「ダイアウルフ? そいつもゲームなのか?」


 目は外の戦いに向けながら、尋ねる。


「えっ、ええ」


「そうか。一体、どうなっているんだ? ゲームの生き物が、なぜ?」


 そう言いながらも、ギンジは外の戦いから目を離さなかった。


 ダイアウルフは、徐々に輪を狭めていく。

 それを迎え撃つ二人は、対照的な表情をしていた。先ほどまでの粗暴な言動が嘘のように、静かな表情で真っ直ぐに立ち、刀を構えているカツミ。一方、残忍な表情でニヤニヤ笑い、低い姿勢でナイフを構えているガイ。

 両者は体格、顔つき、雰囲気……全てにおいて異なるタイプである。しかし、この状況においては、どこか似通って見えた。


 やがて痺れを切らしたのか、一匹のダイアウルフが飛びかかる。

 凄まじいスピードで、ガイの首に飛び付き、喉を食いちぎろうと飛び上がった。

 それに対し、ガイは突っ立ったままだ。

 だが次の瞬間、飛びかかって来るダイアウルフの開けた口に、拳を叩き込む。

 さらに、ダイアウルフの口に拳を突っ込んだまま、ガイは腕を振り上げる。

 直後、ダイアウルフの体を地面に叩きつけた──

 六十キロはある巨狼の体が、凄まじい力で地上に叩きつけられた。その口からは、悲鳴のような声が上がる。

 しかし、ガイの動きは止まらない。流れるような無駄の無い動きでナイフを使い、ダイアウルフの喉を切り裂いた。

 一瞬にして、巨狼を仕留めたガイ。その表情は、闘いの喜びに溢れんばかりだった。


 しかし、ダイアウルフはまだまだ残っている。直後、次の一匹が飛びかかって行く。

 すると今度は、カツミが刀を振るった。白刃が一閃──

 次の瞬間、真っ二つになった巨狼の死骸が転がった。

 カツミは機械のように正確な動作で、瞬時に元の構えに戻した。冷静な目付きで、他のダイアウルフの出方をうかがう。

 睨み合う、巨狼の群れとふたりの凶人。

 だが次の瞬間、ダイアウルフの群れは、後ずさりを始めた。どうやら、ふたりの超人的な強さを察したらしい……後ろを向き、一斉に帰って行った。


「何だ……もう終わりかよ」


 ガイは、心底がっかりしたような表情であった。ふたりはそのまま、バスへと戻っていく。


「いやあ、お疲れ様でしたね! これでしばらくは食料に困らないですな!」


 タカシは、大げさな身振りでふたりを称える。ギンジはその横で、何やらずっと考え込んでいる。

 ヒロユキはというと、座ったまま居心地悪そうにしていた。もっとも、一般人の態度としては普通であろう。


 そんな中、タカシはハイテンションで喋り続ける。


「ガイくん! お疲れのところ申し訳ないんだけど、もう一仕事いいかな?」


 やたら馴れ馴れしく、ガイに話しかける。


「えっ? 何?」


「とりあえず、あの犬の死骸を解体しましょう! 肉がたっぷり採れますよ! ガイくんは、獣の解体の経験は?」


「いや、無いけど」


「じゃあ、私が教えましょう! さあ、行きましょうか!」


 タカシはガイの腕を掴み、外に出ていった。一方、カツミは刀に付いた血や脂を、丁寧に拭き取り鞘に収めた。

 その時、ギンジが口を開く。


「思い出したよ、花田克美……どこかで聞いた名だと思ったが、花形組のヤクザだよな」


 その言葉を聞いたカツミは顔を上げた。だが、ギンジは語り続ける。


「噂には聞いていたぜ。化け物みたいなヤクザがいるってな。敵対する組の事務所に素手で乗り込み、三十人を病院送りにしたケンカ最強のヤクザがいると……確かに、お前は最強だな」


「そう言うあんたも、カタギじゃねえだろ……ギンジさん」


 そう言いながら、カツミはギンジのすぐそばの席に座り込む。


「あんたが何者か、オレは知らない。だがな……こうして間近で見て、言葉を交わすと分かるんだ。あんたも同類だってな。なあギンジさん、あんたもヤクザなんだろ?」


「今のオレは、ただの無職のオッサンだよ。しかし、奴ら元気だな」


 ギンジはそう言いながら、窓から外を見る。

 外では異常なテンションのタカシが、ガイと一緒にダイアウルフの肉を切り取っている。


「いやあ、さすがはガイくん! 大したもんだ! 君には解体の才能がある!」


「うるせえなあ……あんた何なんだよ」


 さすがのガイも、タカシの得体の知れないテンションに圧倒されていた。もっとも、ぶつくさ言いながらもタカシの指示に従ってはいる。


「ところでギンジさん……ガイのことは、知ってるのか? ガイも、どっかのヤクザなのか?」


 外でダイアウルフの解体を続ける両者を見ながら、カツミが尋ねる。


「聞いたことはないな。あの雰囲気は、ヤクザじゃなさそうだがね。しかし、あんなデタラメな奴がいたとはな……」


「そうか、ギンジさんも知らねえのか。じゃあ、あのタカシっていう奴はどうだよ?」


「黒沢貴史という男の噂は、聞いたことがある。もし奴が、噂に聞いた黒沢貴史と同一人物だとしたら……とんでもない男だぞ」


「とんでもない男?」


「ああ、聞いた話では……いや、止めておこう。ただの噂だしな」


 奥歯に物が挟まったようなギンジの言葉を聞き、カツミは眉間に皺を寄せた。


「おい、何だよ!? 何か知っているなら聞かせてくれよ──」


 声を荒げる。だが、ギンジは右手を挙げて遮った。


「すまん。だがな、オレは噂しか聞いてないんだ。下手なことは言いたくない。カツミ、お前に関する噂だって、結構とんでもなかったぞ。噂なんて、いい加減なものだしな」


 落ち着いたギンジの声は、苛立ったカツミの心にも響いたらしい。カツミは不満そうな顔をしながらも黙りこんだ。

 ギンジはにこやかな表情で、語り続ける。


「この状況で、お前に下手な先入観は持って欲しくないんだ。協力しなきゃならない状況だぜ。一度おかしな先入観を持つと、そいつを取り去るには時間がかかる。だから、奴の噂はオレの胸の中だけにとどめておきたい。わかってくれ」


 ギンジの声には、不思議な力があった。聞いている人間の気持ちを、冷静にさせてしまうような……カツミはまだ不服そうな顔をしながらも、一応は納得の表情を見せる。

 そんな中、ヒロユキは黙ったまま、バスのふたりの話を聞いていた。同時に、外のふたりの様子を横目で見る。

 皆、自分とは全く無縁の人間たちなのだ……ヒロユキは、居心地の悪さを感じていた。さらに、心細さをも感じていた。つい昨日まで、家に引き込もっていた自分が、まさかこんなことになるとは。


 この人たちはみんな、普通じゃない。ある意味、リアルチートだ。

 だけど、ぼくは一般人じゃないか。

 何で、ぼくはここにいるんだ?

 ぼくは、ただの平凡な人間なのに……。

 ぼくは、ここに何をしに来た?

 いや、待てよ。

 あのダイアウルフの独特の動きは、異界転生のものだ。


 ヒロユキはふと、昔プレイしたゲームを思い出す。『異界転生』というタイトルのファンタジーRPGだ。


 ここはゲームの世界なのか?

 いや、それは違うだろう。

 じゃあ、この世界は何なんだ?



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