凶人大団結(1)
吐き続けているヒロユキに、声をかける者がいた。
「ヒロユキくんダメだよ、吐いたりしちゃあ。食料持ってんの? 持ってないでしょうが。こんな場所じゃ、いつ食い物にありつけるかわからないんだよ」
この声の主はタカシだ。潰れたサンドイッチを食べながら、少年の吐き戻す様子を楽しそうに見ている。この男には、他人が吐いているのを見て食欲がなくなる、という至極まっとうな神経がないらしかった。さらに言うなら、吐いている人間を介抱する優しさも持ち合わせていないようだった。
タカシとヒロユキが間の抜けたやり取りをしているうちに、バスの中へ三人が戻って来る。
ガイとカツミは、未だ心中にくすぶっているものがある様子であった。しかし今のところは、殺り合う気はないらしい。
そんな微妙な雰囲気の両者を、タカシは愉快そうに見ている。今にも煽り立てそうな雰囲気だ。
真っ青な顔で、呆然としているのはヒロユキである。吐き気はおさまったが、この四人の中にいると凄まじいプレッシャーを感じ、気分が良くなかった。
そんな者たちがおとなしく座っているのを確認すると、ギンジが口を開く。
「何の因果か知らないが、オレたちはこのバスに乗り合わせてしまった。そして今、この場所にいる。みんな、この状況をどう思う? 覚えていることは? この場所に心当たりはあるか? 何かあるなら言ってみてくれ」
ギンジの言葉を聞き、皆は顔を見合わせた。
「オレは、いきなり眠くなったんだよ。抵抗も出来ない、気絶するような強烈な眠気に襲われた。それしか覚えてない」
カツミの言葉に、タカシも頷いた。
「そうなんですよ、私も眠くなりましてね。何て言うか……抵抗不能な眠気とでも言うんでしょうか。そのまま寝ちまったのは確かです。そこの少年ふたりも、そうですよね?」
そう言って、タカシはガイとヒロユキの顔を交互に見る。
「ああ。しかし、気に入らねえな。この場所は変だよ。空気が違いすぎる……それに、外の猿は何なんだよ──」
「あ、あれはゴブリンだと思います!」
ガイの言葉の途中で、ヒロユキは思わず叫び声を上げてしまった。その途端、皆の視線が集中する。
怖い顔をしたふたりの凶悪な視線と、奇妙な雰囲気を醸し出すふたりの不気味な視線からは、凄まじいプレッシャーを感じる。
そのプレッシャーを前にヒロユキは何も言えなくなり、口を閉じて下を向いてしまった。
「おい、お前は何か知ってんのか? だったら言ってみろや!」
黙っているヒロユキにイラついたのか、カツミが怒鳴りつけた。
ヒロユキはその声にビクリと反応し、怯えきった表情で震える。
すると、ガイが口を挟んだ。
「オッサンよう、あんたみたいなのが睨みつけてるから、すっかりビビっちゃって、言葉が出ないんじゃねえか、このガキは。あんたは外に出て、猿の死体の始末でもしてくれや。あんたにはお似合いだ」
からかうような口調の言葉を聞いたカツミは、怒りの矛先をそちらに向ける。
「てめえ、誰に向かってンな口聞いてんだ……」
言いながら、立ち上がる。しかし、ギンジも同時に立ち上がった。
「やめとけ。それより少年、あの緑の猿みたいな生物だが、知っているのか?」
ギンジが、さりげなくふたりの間に割って入れる位置に移動しつつ、ヒロユキに尋ねる。
「ゴブリン、です。あ、あの……ゲ、ゲームに出て来る、モンスターに……に、似てます」
「ゲームだあ!? ふざけてんのか、てめえ!」
カツミが怒声を出しながら睨みつけた。顔面凶器のような人相の大男に睨まれ、ヒロユキは恐怖のあまり、震えながら下を向いた。
しかし、ギンジが助け船を出す。
「まあ、待てよ。ゲームとか言われると、オレも訳わからんが……そのゲームのゴブリンてのは、あんな生き物なんだな?」
次はギンジが尋ねる。穏やかな口調だ。ヒロユキは、青い顔をしながら頷く。
「じゃあ、あれはゲームの生物なのか。となると一体、どうなってるんだ? いや、待てよ……」
ギンジは下を向き、呟くように言った。すると今度は、別の者が口を開く。
「ねえヒロユキくん、そのゴブリンてのは食えるのかい? 肉の中に毒が含まれているとか、そんなことはないよね?」
タカシである。緊張感の欠片もない、すっとぼけた表情で尋ねる。
「ちょ、ちょっと待てよ! お前、あれを食う気か?」
驚きの表情でカツミが言うと、タカシは笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、いざとなったら食いますよ。とはいえ、ひどい匂いですな、あれは……ここまで匂うとは。ほっとくと、バスの中まで匂いが充満するかもしれませんね」
タカシは外の死骸を指差す。と、その表情が変わった。
「おやおや……またしても招かれざる連中が来そうですよ、皆さん。ガイくん、今度はちょっと手強そうですね」
顔をしかめながらのタカシの言葉に、全員が窓を見た。
いつの間にか、巨大な犬のような生き物が草原を徘徊していた。ゴブリンの死骸に近づき、匂いを嗅いでいる。
さらに、カラスやハゲタカのような大型の鳥たちもやって来て、ゴブリンの肉をついばんでいた。
「あの分だと、他の肉食獣も寄ってくるな」
「そうなるでしょうねえ。しかし、あの犬みたいなのは食えそうですよ、ギンジさん」
次々と登場する動物を前に、冷静に会話しているギンジとタカシ。しかし、ヒロユキは震えることしかできなかった。
何なんだ?
ゴブリンの次は、野生の狼?
こんな展開、ゲーム以外にありえない。
それも、凄くつまらないクソゲーだ。
待てよ。こんな展開、どこかで見たような……。
そう、外をうろついている犬は、昔プレイした何かのゲームに出てきた、ダイアウルフに似ている。
あれは確か、異界転生ってタイトルだったような……。
ヒロユキがそこまで考えた時、ギンジが声を発した。
「おいおい、あの犬、仲間を呼んだぞ。また、めんどくさい話になってきたな」
そのギンジの言葉と同時に、次々と現れる犬……いや、ダイアウルフ。
ダイアウルフの群れは鳥たちを追い払い、ゴブリンの死骸を漁り始めた。 時折り、こちらを見て、威嚇するような唸り声を上げる。ダイアウルフは、少なくとも十頭はいそうだった。
「行くぞ、ガイ」
突然、言葉を発したカツミ。立ち上がると同時に、刀を抜いた。
「行くぞって、何だよオッサン?」
不満そうな顔で、ガイは尋ねた。
「お前、まだ暴れ足りないんじゃねえのか。奴らを狩れば、少しは足しになるだろうが」
「てめえに指図されんのは気に入らねえが、食い足りねえのも確かだな」
ニヤリと笑うガイ。そして二人は、悠然とした態度で外に出ていく。
直後、凄まじい勢いでダイアウルフの群れに突撃して行った――
しかし、ダイアウルフの群れも一斉に動く。まるで何かに支配されているかのように、素早い動きで突進して来たふたりから離れる。
さらに、両者を囲むような形で輪になった。
「何だコイツら!?」
驚愕の表情を浮かべ、カツミは周りを見回す。
「オッサン、コイツらただの犬じゃねえぞ!」
ガイが、それに応える。
ダイアウルフの群れは、ふたりを中心に円を作り、その周りをグルグル回り出したのだ──
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