その1 第二話

 ――……――……――

「※※※※!私の言うことは黙って聞けといつも言っているだろう!」

 青い髪の女の手を掴んで乱暴に投げる。起き上がろうとする女の腹を踏みつけ、顔を歪ませて睨み付ける。

「ご、ごめんなさっ……」

「黙れ!」

 女の胴体を蹴り飛ばす。高級そうな絨毯に、女の吐血が染み付く。

「このクソ女が……ちっ」

 苦虫を噛み潰したような顔で女を睨み付け、女は立ち上がり、心底申し訳なさそうな顔をした。

 それにまた苛ついて、拳を振り上げて――

 ――……――……――


 ニブルヘイム・ガルガンチュア

「……はっ!?」

 バロンは上体を勢いよく起こし、自分の右手をまざまざと見る。

「……あの女の子は、誰だ?それに、あの子を蹴って、殴り付けたのは……ただの夢だ、気にするほどのことでもないか。しかし……しかし。どうしてだ?あの女の子の目、顔、髪の色、声、その何もかも……恐ろしいほど覚えているのは……」

 バロンはしばらく考え込んで、立ち上がる。

 見たところ、バロンが最初に目覚めた場所と同じらしい。ガルガンチュアの一室、作戦室へ行く途中にある休憩室だ。

 しばらくぼーっとしていると、ヴァルナが入ってきた。

「バロン、作戦会議を――どうした、顔が疲れているが」

 バロンの顔を見て不思議に思ったのか、ヴァルナがその端正な顔を少しだけ歪ませる。

「……僕の顔はそんなに疲れているか?」

「ああ、してはいけないことをした……というのは抽象的すぎてわかりにくいだろうが、そんな感じの表情だ」

「……そうか。ならば一つ聞いて欲しいのだが」

 不思議そうな表情で、ヴァルナがバロンを見る。

「なんだ」

「……青い髪の女の子を知らないか?この世界に女性が居ないのは重々承知だが、ちょっと考えてみてくれ」

「青い髪の女か。そんなもの、考えるまでもないだろう」

 ヴァルナがさも当然のように言い放つ。

「……何?」

「いやはや、そんなことも忘れているとはな。青い髪の女と言えば、この世界の誰もがその体を苗床として求めているあの『神子』以外居ないだろう」

「……そう、なのか」

 ヴァルナがすぐ傍の棚にあった本を取り、その中の一ページを見せた。そこには、青く、長く、美しい髪を湛えた少女が写った写真が掲載されていた。

「……名前は?」

「さあ、そこまでは知らん。断片的にでも、お前の記憶が戻ってきたんだな」

「……(本当に僕個人の記憶か……?)ふう、ひとまずはそういうことにしておこう。作戦会議があるんだろう?僕のしょうもない会話に付き合わせて悪かったな。行こう」


 会議室に入ると、すでに男が三人居た。エンブルムと、眼鏡の男、薄着の男の三人だ。

 入ると早速、薄着の男ががなる。

「おい!おせえぞ将軍!バロン!早く作戦を考えねえと不味いだろうが!」

 眼鏡の男が諌める。

「ヴァーユ、落ち着きなさい。我々が焦っては勝てる戦も勝てませんよ」

 ヴァーユと呼ばれた男は、ばつが悪そうにして椅子に座り直した。

 ヴァルナが眼鏡の男の方を向く。

「ラーフ、アレフ城塞の情報を教えろ」

 ラーフと呼ばれた眼鏡の男は、ヴァルナが使っていた液晶を使い、どこかの要塞を映し出す。

「ここはアレフ城塞。ニブルヘイムの中にある、我らが作った唯一の建造物だ」

「……氷竜の骨にある食料基地はなんだ」

 ラーフが答える。

「あの基地は、元々この世界にあったものです。この世界にはいつ建造されたのかすらわからない建物がたくさんあるんです」

「……なるほどな。で、そのアレフ城塞は今どうなっているんだ」

 バロンが椅子に座り、ヴァルナへ視線を向ける。

 ヴァルナがラーフに視線を送り、それに反応してラーフがアレフ城塞の様々なアングルの映像を液晶に表示し、説明する。

「アレフ城塞は現在、大量の機甲虫に占領されています。食料基地にいたならず者の部隊に比べ、特殊部隊ではないものの正規軍ではあるので多少の練度があると言えます」

 バロンは映像の中に居た、一人の男を見てヴァルナに訪ねる。

「……あの男は」

 ヴァルナは先程の少女の話のときと同じ表情で答える。

「奴はカルブルム。パラミナの王だ。奴はエンブルムやバンギと違ってアグレッシブでな。前線基地に来るのはそう不思議なことではない」

「……カルブルム……」

 黙り込んでしまったバロンを見て、咳払いをしてラーフが話を進める。

「こほん。このアレフ城塞は現在、ゾルグというムスペルヘイムの兵が支配しており、施設の守りに入ったと見えます」

 ヴァルナが注釈を加える。

「あー、ゾルグというのはムスペルヘイムのコウモリ兵で、時間稼ぎや籠城が得意な奴だ」

 ラーフが話を戻す。

「ゾルグがここに居る以上、現存兵力を注いでも突破することは難しいでしょう。よって、再びヴァルナ将軍とバロン殿、そしてヴァーユに三人一組になって突破してもらいたいのです」

「……大勢で突破できない要所に少数で突っ込むのか」

「適材適所というものですよ。確実に奪還したい場所には確実な成果をもたらしてくれる人材を派遣すべきでしょう。万夫不当の猛将を数人で組ませて攻撃した方が、時間も人数も減らさずに済む」

「……いまいち道理が通らない気もするが」

「強者には強者の、一般兵には一般兵の仕事があるのですよ。今だって、アレフ城塞だけが重要なのではありませんから。現に、国境には我らの戦力が集中してムスペルヘイムの兵を押し止めていますからね」

 バロンはヴァルナの方を向く。

「……いつ出発だ」

「今すぐだ。休息など、我らには必要ないからな」

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