『はじめてのパーティ』

第11話




 ふらりふらりと。

 麗浜高等学校の正門から、すめらぎ愛海なるみが、入ってくる。

 眼の下はクマだらけで、気もそぞろで、焦点も合わず。

 すごいやばい顔をしている。


 仕方がない。

 寝ていないのだから。


 不安と『予習』と、翌日への期待と、不安と、フレ登録へのハッピーがぐるぐると回り。

 調べたり、落ち込んだり、不気味に笑ったり。

 深夜テンションが合わさって狂気と化した我が娘の笑い声が二階から聞こえてきて。

 母親が「またうちの子がおかしくなったわ」

 とあきらめの境地で心配していたが。

 

 朝になって。

 

 学校を行くのか休むのか。

 母親が聞いても、無返答で。

 ほとんど抜け殻のように、オートメーション化した早朝ルーティンを無意識にこなし

 

 イッテキマス。

 と言って出て行った我が娘に。


 母親は、今までのことを思えばこの程度は日常のうちか、と送り出したのが、20分ほど前の事。



 





 一方。




 愛海と同じ学年。

 1年生のとある教室で、物思いにふける女子生徒が居た。

 窓辺の席で、頬杖をついている。



 名前は『一ノ瀬由奈』という。


 昨日、いや、正確には一昨日だが。

 何年も貯めていたお年玉やお小遣いの全てをはたいてやっと、VRゲームの設備一式を購入した。

 それから、ずっと気になっていたVRMMOの第二世界スフェリカを始めたのだ。

 

 親から、習い事や塾などをやらされていて、忙しく、自由を感じない日々を過ごしている由奈だが。

 成績も上々で、良い子を演じ続け、VR設備の購入については、親に文句を言う隙を与えなかった。 


 そんな設備の搬入と設置が終わったのが一昨日。

 スケジュールの都合でその日は出来なかったが。


 昨日、やっとキャラクターを作り、ログインし、少しだけ遊ぶ所まで出来た。


 楽しかった。


 そこには、家庭には無い自由があって。

 コンクリートで囲まれた現代社会とは、かけ離れた大自然の理想郷が、もう一つの現実として形作られていた。


 感動ものだった。

 思った通りに、自分の作ったキャラが動くのも。

 モンスターに殴られたら、ちょっぴり痛みを感じるのも。


 首都グランタリスの街を往来するプレイヤーの圧倒的な数も。

 

 空も、雲も、雷も、雨も。



 何もかもが、由奈を、新しい世界に引き込んだ。


 一瞬で、大好きになった。


 そんな世界で、由奈は一人のプレイヤーに出会った。

 草原で敵と戦うことに悪戦苦闘していた時のことだ。



 

 ちょうど、由奈が、一匹の小さな動物型モンスターに攻撃を仕掛けた瞬間に。

 突然。

 真横に、大きなモンスターがいきなり出現した。


 見た目は可愛らしい、真っ白なうさぎさんだった。

 ただ、由奈が作った人族ヒュムキャラクター:ユナの、何倍もの大きさで。

 消しゴムと筆箱くらいのサイズ差と言おうか。


 

 そんな瞬間に。

 こともあろうに。


 まだへっぽこでへろへろで、狙いも定まらないようなユナの振るったナイフが。

 ざく、っと、その巨体に一撃入れてしまったのが、事の始まりだ。



 怒り狂ったうさぎに襲われたのは言うまでも無く。


 そこからは、草原と街道を走り回る右往左往の大逃走劇となったわけだが。


 

 ゆなは、その時に。

 ひとりのエルフの少女に助けられた。


 


 見事な矢の一撃が、ユナの真上を通り過ぎたかと思えば。

 追いかけていた巨体が、短い悲鳴を上げ、気配を失った。

 

 振り向けば、巨大ウサギが倒れていて。

 

 

 かっこいいと思った。


 ピンチを救うヒーローのようで。

 

 しかも、気づいた時には目の前から消えていて。


 名も言わず、お礼も満足に言わせずに、姿を消すだなんて。

 イケメン過ぎる。

 見た目はエルフの少女ロリだったけど。

 


 あとで気が付いたが。

 一撃で殺したのかと思っていたウサギは、実は麻痺して痺れていただけで、死んだわけでなかった。

 

 エルフ少女への好感度が高くなりすぎたせいか。

 由奈は、そのことも、あえて殺さないように手加減したんだ、なんて心優しい人なんだ、と解釈している。



 その時に。

 由奈は、心に決めていた。

 

 あのエルフ少女を探すんだ、と。

 

 

 しかしながら。



 由奈は、机までやってきた同じクラスの女子達の相手をする。


「ねえねえ、由奈、今日、予定ある? 良かったら帰りにクレープ食べに行かない?」

「ゴメン! 今日、私、塾とレッスンがあって」

「そっかぁ、何かそんな気はしてたんだ。毎日習い事一杯で大変だね」

「ゴメンね、今度また行こ」

「オッケー、またLINKするね」

「うん」


 

 走り去っていったクラスメイトを見送って。

 由奈は溜息を吐く。


「はぁ、今日も塾に、ピアノとギターのレッスンか……」


 遊ぶ時間あるかなぁ。

 

 もちろん、今はクレープどころではない。

 VRゲームをする時間をどう作るか、由奈の悩みはそれなのだ。



「せめて、あのエルフちゃんの名前だけでも聞いておけばよかった……」







 



 その頃。


 教室の机で、愛海は突っ伏して寝ていた――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る