第12話



 第二世界スフェリカでは、キャラクターは一人しか作成できない。

 そのため、ログイン時には、キャラクター選択をするという過程は無く。

 今のキャラクターの状態やステータスはこんな感じですよ、というプロフィール画面のような部分を経る。

 

 そうして、キャラクターと融合したかのような、そんなエフェクトの後に。



 プレイヤーはキャラクターとなって、世界に降り立つのだ。



 



 ヘッドキアや、ゲーミングセットの無機質な感触。

 自室の空気。

 家の傍を通る車の音。



 そのようなリアルが。



 一瞬で、切り替わる。



 あわく吹き抜ける、そよ風の感触。

 大気に満ちる、魔素マナの感覚。

 数多の往来がうむ、雑踏の反響。


 そして、ひんやりとした空気。



 昨日、ログアウトした路地に、キャラクター:ローリエと化した、

 プレイヤー:すめらぎ愛海なるみが、現れる。

 


 日本の時刻は19時30分。

 ゲーム内では、今は早朝のようだ。


 ローリエが閉じていた目を開けると、そこは文字通り別世界。

 


 建物の壁と壁で挟まれた路地に、朝日が差し込んで、陰陽のコントラストを作り上げている。

 レンガの一つ一つ。

 石畳の1枚1枚。

 細かな影が、浮き彫りになって、西洋の伝統ある街並に居るかのような錯覚を生み出す。



 10秒ほどして、ログイン直後の硬直が解け、実体化が完了する。

 ――このゲームは、ログイン直後はいわゆる霊体のような状態で、どのような干渉も受けない状態にある。

 これは、ログイン直後を狙った悪質なPK対策で、この状態のプレイヤーに攻撃を行うと、そのすべてが攻撃者に跳ね返る仕様になっている。


 

 ログインが完了すると、直後に、ぴろん、とサウンドエフェクトが鳴った。

 フレンドからの【伝言メッセージ】を受け取ったという合図。


 

 私の親友であらせられる、フェルマータさんからかな?

 とウキウキ気分で確認すると、送り主はフェルマータ――。

 

 ――ではなかった。



 だ、誰!?


 フレンドからではなく、知り合いでもないので、送り主の名前が解らない。

 

 どこの誰かも解らない人からだ、が。



 一応、文章の冒頭に、「フェルマータです」と書かれている。 

 ちょっと不可解だが、フェルマータからの伝言に違いない。


 内容は、首都に数ある冒険者亭の中で、『ミミズクと猫』というお店に来てほしいという事だ。

 場所は、首都のほぼど真ん中。

 

 人混みは苦手だが、頑張っていくしかない。


 さておき。


 「え、えっと、そう、まず返事、返事しなきゃ……」


 とはいう物の。

 ローリエは【伝言メッセージ】に対応する方法が無い。

 なぜなら【伝言メッセージ】というのは無属性の魔法であり、だれでも自由に行えるわけではないからだ。

 無属性魔法の習得者にお願いするか、運営がリアルマネーで販売している同様の効果を封じたスクロールを使用する。 

 スクロールはそんなに高価じゃない。

 たまに、運営が無料配布することもあるくらいだ。


 ローリエもいざという時のために、以前は倉庫に配布されたスクロールをためていたが、自分の作ったアイテムに圧迫されていつしか捨ててしまった。

 

 どうせ、メッセージをやり取りする相手なんていないのだから無駄だし、ローリエがそれに代わるスキルを習得しているのもある。


 

 【伝言メッセージ】の代わりになるスキル。

  

 それは、風属性魔法の【風の囁きウィスパー】というスキルだ。

 これも、安価な課金アイテムとしてスクロールを運営が販売しているが。


 ローリエは自前で習得しているので無料。


 ただ、メールと電話くらいの違いがある。



 誰かに電話をかける。

 すめらぎ愛海なるみにとっては、すごく勇気を必要とする事だ。

 面と向かって話をするよりはマシだけど、それでも緊張する。



 しかし、やらなければ始まらない。

 時間は刻々と過ぎていく。

 約束の20時が迫っている。


 冒険者亭まで行く時間を考えれば、今すぐに実行しなければならないだろう。



 意を決して、ローリエは風魔法を発動する。 

 

 【伝言メッセージ】に返信をする形で。



「『風の囁きウィスパー』」



 魔法が効果を発揮し、遠くの対象と通話状態になる。 

 

 しかし、何を言い出せばいいのか、解らない。

 急に上手く言葉が紡ぎだせない。


 結果的に、ローリエは無言電話のようになってしまう。

 すると。

 先に通話先からの返答があった。


「どちら様?」、と。


 あれ!?

 

 ローリエは驚く。

 全然違う人の声だったからだ。


 答えないローリエに声は、再度尋ねてくる。


「もしもし、どちら様?」



「えっ、いっ、あ、あ、あの……も、もしもし? あの、ろ、ローリエ、です、けど……」



「ろーりえ?」



 初めて聞いたような反応だ。

 通話越しだから声が違って聞こえるのかもしれないと、一瞬ローリエは考えたが。


 違う。


 これは、絶対にフェルマータではない。

 もしかして間違えたかもしれない。


「え、あ、ご、ごめんなさっ、間違えました」


「あ、ちょ……」


  

 ローリエは、即座に通話を切った。

 

 切った後で、困惑は続く。

 

 え? 今のは何だったのか?


 

 ローリエは訳が分からなかった。


 勇気を振り絞ったのに、間違い電話をかけてしまった。

 これだから、電話は苦手なんだ、もう嫌だ、とローリエの電話嫌いが加速しそうになる。


 自己嫌悪に陥っていると。 


 ぴこん、と新しい【伝言メッセージ】が入る。

 

 確認すると。

 『――【伝言メッセージ】に返信しないで、フレリストから送ってByフェルマータ――』



 ああ、そうか。

 とローリエは思う。



 経験が浅かったり。

 慣れていなかったり。


 そういう時は、良く何かが不足する。

 

 普段使いなれていない魔法を使ったせいで、勝手が解ってなかったらしい。


 ローリエは【伝言メッセージ】というスキルの特性を、すっかり忘れていた。

 そして、【風の囁きウィスパー】の使い方もちょっと間違えていた。


 


 改めて、ローリエはフレンドリストから、フェルマータに囁きを送る。



「こんにちは、フェルマータです。今どちらに?」



 今度はちゃんとフェルマータの声がして。

 ローリエはちょっと泣きそうになった。


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