「バグ-bug-」

 初めて見た。人の体からノイズが発症するなんて。


大学と家を往復しても進まない時間にうんざりしていた僕は、変化を求めていた。きっかけを探していたんだ。


僕の体が動き出そうとしているのは、彼女の「特別」に、少し惹かれたからなのかもしれない。


 周りの人は彼女を気にしていないようだった。歩く人々はみんな、必死で前を見ているようで、どこか遠くを見ているようだった。


会社から帰り、翌朝に手首を見ても、その数字は昨夜と何の変わりもない。目指すべき場所がどこかわからなくなってくるんだ。


諦めと希望の狭間で、ネジを回して動くおもちゃみたいな、無機質な人々の間を縫って、電気が止まってエレベーターが動いていない廃ビルの階段を降りていく。


再び夜の街に繰り出した。


ネオンで形作られる街。


綺麗な景色とは裏腹に、人の心は荒んでいるような気がした。


そして、屋上から見た景色を思い返しながら、彼女の元に辿り着いた。


「久しぶりだ、この感覚」


僕は今まで頭の中で考え、やってみたいことの挑戦の結末を、勝手に予想していた。


本当にやりたいことはこれなのか、死ぬ前に後悔しないか?


理屈に囚われた思考を反芻して、行動よりも考えることに時間を割いて、挫折する。


行動を続けている中で、続けたいという欲が湧いてこない。心が熱くならない。それがどうしてかもわからなかった。


でも、今回は違った。


彼女と目が合う。


僕は見惚れた。胸がくすぐったくなった。


目尻は少し下がり気味で、ブラウンに染まる目、そしてパーマのカールがかかっているような長い髪。


こんなに可愛くて、綺麗な人が目の前にいる。


一度見ただけで、目に焼きつくことは確信していた。


それくらい僕の視界は彼女の姿だけで覆われていた。


「君の体にはどうしてそれがあるの?」 


彼女の目が、僕の内面をスコップですくうようにして、僕は言葉を吐き出した。


「・・・」


突然声をかけられたから驚いているのだろうか。真顔のまま、彼女は僕を見続ける。


たじろぐようでもあり、見知らぬ人を追い払うようだった。


スーツは清潔ではあったが、随分とよれてかなり使い込んでいそうだった。


彼女の佇まいは、まるでいじめられて大泣きした後、誰にも慰められず喪失感に駆られながら、衝動に流されて白紙のキャンパスの前に座るような、無理やり絵を描くときのようだった。「生きたくないのに、生きている」と悩む。人と壁を作るように、絵に打ち込むように。


 身長は160cm後半ぐらいで、白い素肌がオフィススーツから垣間見える。こんなに綺麗な人には、もっとおしゃれで綺麗なんだからバーとかショッピングとかが似合うのに。


髪型も長い髪をしていて、髪色は普通の黒というよりかは、漆黒だった。


コウモリみたいに、「夜だけは特別な日なんだ」と暗示をするかのような世界観を作り出していた。


彼女のことをもっと知りたかった。


「あの、君」


「何?」


被った。


けど、彼女の表情はさっきと違った。


口角が少し上がっているような気がする。


声のトーンも少し明るめで、人に多少の好意を寄せる時、こんなにも人懐っこそうな雰囲気が溢れるものなのか。そう感嘆した。


「あの廃ビルから君を見かけた。他の人たちとは違う、君だけの雰囲気を持っていたから。僕は君に近づきたいと思った。」


彼女は目を丸くした。だが、急に話しかけた僕のせいでもある。戸惑っている。


「ごめんなさい」


簡潔な拒絶を、丁寧に両手で添えられた。


ナンパだと勘違いされたのか。確かに側から見たらその通りだ。


彼女は頭を軽く下げてお辞儀をし、僕らの向かい合った空間を横にすり抜け、元の居場所に帰っていってしまった。


視界がまばらになる。彼女にしか興味がなくなったみたいに、僕の目はどこにも関心を抱かなくなっていた。


もう一度。


君と話したい。


体を180度回転させて、足を踏み出そうとしたとき、その変化に気づいた。


さっきまでは気づかなかなった。


僕と君以外の人が、止まっている。


「・・・」


君は、後ろから見てもわかるように唖然としているようだった。


屋台で店員がコップに注いでいる水も、浮いてる。


「何だ、これ」


時間が、止まっている。


人生の中で一番、目に焼きついていたもの、彼女の身にまとっていたノイズが、


消えていた。




/続く/








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時間が止まったとき、君がいた。 kiwa @Black4949

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