時間が止まったとき、君がいた。

kiwa

「一時停止」

「21」


その数字はディジタル表記で青く光っている。


そして、周りの人たちも皆、その数字が手首に映っていた。その数字は、ペンキで塗られたようにハッキリとしたものではなく、蓄光材のように薄く光り輝いていた。


蓄光材は暗い場所で光る。かと言って今は夜ではない。


いや、正しくは夜かどうかわからないんだ。


 正しい行動を取らないとその人の時間は進まない。年齢も、朝昼晩の単位でも。


僕の場合は、さっき大学のテストで合格ラインを越えれたから、時間が進み、手首に映るディジタル時計の時間が進んだ。


逆にそうでない者は、時計が止まったまま。


ある人が正しい行動を取れなかった時、その分ズレが生じる。時間がズレると空間が歪む。だが、見えないほどのミクロの単位で、景色が歪んでいるだけだ。


そしてその歪みという現象が重なりあって、空の色がディジタル色になっていた。


青や緑、薄い黄色、そして黒などがプラスチック製の下敷きが重なるように、薄くレイヤーされている。


少なくとも僕には、


「綺麗だ」


そう感じられた。


 男女が恋人になったとしても、時間がズレる。


中にはわざと間違いを犯して、時を止め、永遠に一緒にいる、といった人もいる。


都合のいい話しだが、現状は、そんな都合のいい状態が続いている。


会社に向かう人や学校に向かう人がいる。みんな、まだまだ若いままでいたいから、わざと間違った行いを取り、そして年寄りはどんどん少なくなっていった。


そのため、社会は活発的で、やけに発達している。


IT技術が飛躍し、DX化が進んだ。サイバーパンクのような、ディジタルで埋め尽くされた近未来的な世界。


その中の一人の、僕。


僕はその日も、夜中にラーメンを食べに行った。


 時間を進めることができない人は、歳を取らない。そうなってくると、永遠に

その若い体でアルバイトをしながら、楽に過ごせてしまうというわけだ。こんな僕みたいに。


でも怠けてる訳じゃないんだ。毎日、学校、バイトにだって行ってる。


日付が進むことは滅多にないから、「毎日」というより「毎回」か。


 今回も、今日の居酒屋のバイト代で存分に夜を満喫してやろう。


今はもう慣れてしまったが、幻想的な夜の景色と、料理のお店が並ぶ夜の通りを歩いているだけで、幸せな気分になる。


大学から、家とは反対方向に15分程度歩いて、ラーメン屋に着いた。


そしてラーメンの食品チケットを買う。


足元に小型のモニター機があって、そこから垂直方向に向かって画面が飛び出ている。


「ピッピピッ」


電子的な音とともに、画面をスライドする。夜食といえば、王道の醤油ラーメン。


僕はいつもと同じラーメンを注文して、カウンター席しかない店内の椅子に腰をかける。


年齢は40代ぐらいだろう。おじさんがラーメンのチケットを受け取り、モニターにその数字を打ち込む。


そして100種類以上のメニューから、1つのメニューのレシピが浮かび上がった。


そのたった一つのラーメンのレシピだけで、店の天井にまで画面が届きそうだった。


慣れ親しんだ、お店特有のラーメンの麺。


すごく良い食感がして、おいしかった。




 僕はラーメン屋を後にして、再び夜の街に出た。


いつもの場所、廃ビルの屋上。


夜が続く世界とは裏腹に、社会が活発であるため数々のビルが建てられている。


そして、もちろん人口が多い分、起業の失敗も多くあって、こういった廃ビルがたくさん立っている。


 様々な色で彩られた夜の街を眺めながら、明日のことを考える。運命に決められた、正しい行動。


運命に従わないと時間を進めることができない、それは苦痛でも、幸福でもあった。


何が、正しいんだろう。


 時間帯的には夜。道端で座り込んでいる人もいる。仕事終わりだろうか。仕事に行くことが正しい選択ではない場合、それもまた時が止まる。


少し憂鬱な気持ちになる。成長したい、変わりたい気持ちとは裏腹にこんなにも生きることが苦しいのか、と。


仕事を頑張っても、それが正しい選択じゃなかったらまた辛い仕事で別の行動を試みないといけない。


でも、そんな人でさえも、深夜を過ぎるとその人のための夜が訪れる。


時間を進めなければいけないという焦りを忘れて、唯一自由になれる場所。


だが、今日はいつもと何かが違った。


いつものただ綺麗なだけの夜景が。



普段は僕しかいないはずの廃ビルの屋上———




ノイズは空にしか出ないはずなのに、地上から、そのようなものが見える———




距離があるが、女性ということはわかる。おそらく年齢は同じぐらい。


———どうしてだ。




彼女の体、顔の近くに、3色で構成されたディジタルノイズが走っている。


こんなときでもやっぱり、僕の腕にある水色の数字は止まっていた。




時が止まるような時間の中に、君がいた———。

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