第2話 ネクロフィリア ヴィヴィアン


「さて、と。んじゃあ行く前にちょっと薬を買ってから行くか」

「ああ」

 二人はさっきより少し軽い足取りで薬屋へ向かう。次の目的が見つかったのもあるからだろう。

「ああ、さっきの。さっきは悪かったね」

 店のおじさんは、平謝りで二人に詫びる。

「いいえ。んじゃあ改めて、ヒールハーブを三つとメラジンハーブを二つね」

 あっさりと許したノーティがあっけらかんとした指を三本出して、すぐに二本出す。

 メラジンハーブは魔法力を回復するアイテムだ。魔法を使うノーティにとっては必需品なのだ。

「あいよ」

 おじさんは快活な声で答える。

「……突然だけど、そう言えばこの国って墓石が少ないですね」

 ノーティが突然質問を投げかけると、おじさんとユリアンは少し驚く。

 だが、ユリアンも思っていた。確かにこの国は墓地の面積がやけに狭い。上等な一軒家位の面積しかないのだ。

「ああ。それはな、ヴィヴィアンちゃんが関わっているからだよ」

 ここでも彼女の話が出て来る。おじさんの目が少し遠くなる。

「その。ヴィヴィアンと言うのは、どういう人なのですか?」

 とユリアン。

「ああ。昔からこの国の外れの森に住んでいる子だよ。確かエルフ族で何百年も生きているよ。だから、この国の連中――王族のことも知ってるのさ。今は逝っちまったあっしらのおやっさんやじいさんばあさんのこともな」

 エルフ族――そう耳にしたノーティの心臓に針がちくりと刺さる。

「お世話になっているというのはどういうことなのですか?」

「う~~ん……。言葉では言いにくいなあ。まあ、行ってみたら分かるさ」

 おじさんが眉間に皺を寄せながら言った。

「そうですか。分かりました、有難うございます」

 二人は薬屋を後にして、いよいよバークジャーの森へ向かう。

 相変わらず外は雷鳴や稲光が国中に轟いている。闇の世界の太陽と思わせるような。



「ここの植物、元気ねーな」

 歩きながら、道の脇に群生している一叢の草を見てノーティが口惜しく呟く。

「この空の影響なのだろうか」

「かもな。この辺りの植物も、陽の光が恋しいんだろうな」

 そんな会話を続けながら、二人はまた歩を進める。

 バークジャーの森も例外ではなく雷鳴が轟いている。しかも、城下町と違って家や城から漏れる明かりや街灯も無いから、更に暗さが際立っている。

 昼間なのに腰に下げているライトを点けているくらいだ。ノーティも左手にランタンを持っている。

 バークジャーの森――ステア王国の半分ほどの広さを持つ森だ。因みにステア王国は後で調べたところ、三百平方メートルはあるそうだ。

 薬草を始め、日々の食料に用いられる食用草も自生しているので、ステア王国は勿論、他国の人々も訪れることもある。

 陽の光が顔を出していたら、だが。

 目指すヴィヴィアンの家は、この森の中にある吊り橋を越えた先にあるという話だ。

「どんな人物だろうか、ヴィヴィアンという人は」

「まあ、少なくとも国の連中は悪い印象を持ってないのは確かかな」

 ノーティは少しそっけない声で答える。その理由はユリアンは何となくだが分かっている。

 ノーティはハーフエルフだ。艶やかな金色の髪の中にまるでたけのこのように飛び出ている少し尖った耳がその証拠。

 彼が生まれたところは種族隔てなく暮らしていたが、いざ外へ出てみると、心無い者の迫害を受けた事も少なくなかった。

 勿論ノーティから聞いた話でだが。

 無理もない。話には聞いてはいても実際に自分が受けると、その種族に良い印象を持てなくなるのは。

「そうかも、な」

 これ以上の追究は止めようと話を終える。

 その後のずんずんと先へ進むノーティのコートに包まれているが、堂々とした背中を見て、ユリアンは顔色が少し沈む。

(……私がいなくとも、こいつは上手くやっていけそうだな。要領も良く、意見をはっきり言うからな)

 ユリアンの歩調がノーティと同じ歩調の筈なのに、ゆっくりとなっているように見える。まるで片足に足枷が付いたかのように。



 草をかき分けて進んでいくと、漸く吊り橋が見えてきた。

「ここを渡ったらすぐだな」

「うっわあ、葉っぱだらけになってるぜ」

「本当だ。渡ったら払うか」

 二人は自分の体にぽつぽつとくっついている葉っぱを見て、青汁を飲んだような顔をする。

 橋の見た目は、何処にでもある普通のデザインだ。対岸へはロープと厚い板を下に通している。

 幸い風は穏やかなので、揺れもそこまで激しくない。

「――よし」

 ユリアンが恐る恐る最初の板に足を踏み入れる。

 いくら先日直ったといわれても、やはり不安なものは不安だからだ。

 板はユリアンの重さを受けてきしっと鳴るが、新品というだけあってかビクともしない。

 ユリアンはゆっくりしっかり渡る。ノーティも続いて渡る。

(うわ~結構高ぇ~。落ちたらひとたまりも無いだろうな)

 下にぼんやりと白く映る河原が、まるで違う世界のように思わせる。

(もやが魂の手招きにも見えなくもねえな)

 そんな気持ちがどうしても脳をよぎる。

 不安を抱えてはいたが、特にトラブルも無く、二人は百メートル程先の対岸へとなんとか渡り切った。

 少し歩くと鉄門扉があり、そこを開けると一軒家が現れた。

 造りはごく普通の二階建てのログハウスだ。但し、板ではなく煉瓦で造られている。だが、特に怪しい所は無い。

「ここだな」

「よし、入ろうぜ」

 ユリアンは頷き、ノーティが鉄色のドアノッカーをカンカンと二回叩く。

「あの~すみません」

 普段よりワントーン高い声で中に言う。

 すると、すぐにトタトタと小さな乾いた音がやってくる音が聴こえて、ガチャリとドアが外開きに開く。

「はい……」

 出迎えてくれたのは、ノーティより一回り小柄な女性だ。

 青紫色の毛先がカールした腰まである長髪に漆黒の瞳。雰囲気は神秘的で、少し幼く可愛らしい印象を醸し出す顔立ちだ。

 薬屋の店主が言った通り、その長髪からは、これまたたけのこのようにピョコンと尖った耳が飛び出ている。但し、彼女の場合は純粋なエルフ族と言うだけあり、ノーティよりもかなり尖っている。

 黒いローブを纏っていて、それが少し魔女のイメージをもたらしている。

 ユリアンは少し戸惑いながらも、

「貴女が――ヴィヴィアンさん、ですか?」

 と尋ねる。

 女性はユリアンを見て一瞬ハッとした顔をする。

「あ、はい。私がヴィヴィアン・ランドルフです」

「……?」

 だが、すぐに冷静になって涼やかな声で返す。それをノーティは訝しげに見る。

「私はユリアン・コンバティールです」

「俺はノーティ・ヴィクトリーノ」

 二人は簡単に名だけ名乗る。

「何かご用でしょうか?」

「私達はあてなく旅をしている者です。その道中ステア王国へ行きました」

 とユリアン。

「そこで、王女が死神にやられて仮死状態になっていて、治すには『命の薬』が必要だ、と」

 とノーティが続ける。

「と言う事は、ここへは『命の薬』を求めて?」

「ああ。それを作れるのはあんただと聞いてね」

「そうですか。……どうぞ」

 ヴィヴィアンは水の様に滑らかな動作で二人を案内する。

 ユリアンとノーティはそれを、少し緊張した足取りで後をついていく。

 家の中はアンティーク調の木製のインテリアが並ぶ。廊下の面積は割と広く、二人が横に並んでもぶつからないくらいだ。

 広い廊下を歩いて、左へ曲がって、

「こちらへ。少し驚くかもしれませんが」

 とドアノブに手をかける。二人はその言葉に顔も緊張が走る。

 カチリと音を立てて開けるとそこには、

『!!』

 飛び込んできた光景に絶句した。

 中はリビングで、上座のソファの奥に巨大なガラス戸の棚があるのだが、その棚の中には老若男女種族問わず人が入っている。

 十人はいるだろう。全てに薄手の白いローブを纏っている。

 まるで眠っているだけのようだが、どの人も生気は全く感じない。

「この人達ってもしかして……」

「死体です」

 ユリアンの言葉に、ヴィヴィアンはあっけらかんとしたトーンで返す。

「――」

「王国の人達や他国の方々の死体がいます」

「そう言えば、国の人が世話になっているって言っていたな。それって……」

「時々亡くなった思い人に会いたいという方々の為に、こうして保存しています。ステア王国の民の殆どはそのような考えの持ち主ですから。後は国の面積の都合で、墓地にかける余裕が無いのもありまして」

「へえ……」

 ノーティは少し警戒が解けた顔で相槌を打つ。

(薬屋の主人が言葉では言いにくいっていうのは、こういうことね。そう言えば、王国って緑が随分多かったな。確かにそれを割くのが難しいのは分かるな)

 ノーティはうんうんと頷く。

「後は個人的に死体をコレクションすることが好きなのもあります」

「……ネクロフィリアか」

「そうです」

 聞いたことはあるが、今までそういう人には会ったことが無かった二人は、少し興味を持った目で死体をしげしげと眺める。

 死体はまるで眠っているかのように、とても穏やかな顔つきだ。

「では改めて」

 二人を上座のソファをすすめて、自分は一人用の椅子にゆっくりと腰かける。

「確かに『命の薬』を作る事は出来ます。私も薬の研究をしている端くれですから」

 二人は頷く。

「ただ……」

 ヴィヴィアンが困った顔をする。

「何か?」

「実は……材料を一つ切らしていて、すぐには作ることが出来ないのです」

「成程ね」

 と納得するノーティ。

「その、材料というのは?」

 ユリアンが訊くと、ヴィヴィアンが少し目を逸らしながら、

「『聖なる水』というものです」

「『聖なる水』って――清らかな水源にのみ流れている水のこと、だよな」

「そうです。ここから南にバーバレスの湖があります。そこに流れている滝が、この国で最も清らかな水です」

「何で汲みに行かなかったんだよ」

 ノーティが少し責めるように問う。

「実は先週、他国から死体を引き取って欲しいと依頼がありまして、昨日帰って来たばかりなのです」

「……」

 と言われると流石に黙った。結構悪いタイミングが重なっている。今回も、だが。

「時間が無いし、私達が汲んで来るよ」

 とユリアンとノーティが立ち上がろうとすると、

「待って下さい」

「何だよ?」

「ユリアンさんは残って……くれませんか。ちょっと……話したいことがあります……」

「え?」

 ヴィヴィアンは右手に持っていた銅製のスティックをユリアンに掲げると、

『!?』

 二人は同時に驚き、ユリアンは急にかっと目を見開いた途端、目蓋が急に下りて、ドサリとうつ伏せに倒れてしまった。

「オ、オイ。何したんだ?!」

 ノーティは慌ててユリアンを抱き起こし、ヴィヴィアンを睨む。

 ユリアンはまるでガラス棚の死体やリリー王女のようになっている。

「その姿でお話ししたいことと、そして万が一、貴方が放棄しないように、と」

「だからって」

「時間が無いのですよ。リリー王女の為に、ユリアンさんの為に……」

「……くそ。分かったよ」

 ノーティは悪態をつきながら乱暴にドアを開けて出ていった。

(くそ。まさかユリアンを……。こうなったら……)

 ノーティは焦る足取りでバーバレスの湖へと急いで向かって行った。

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