ネクロフィリアの命

月影ルナ

第1話 王国の危機

「え、今何て?」

「だから、もし私がいなくとも、お前はやっていけるか、と言ったんだ」

「何だよ藪から棒に」

 ユリアンがノーティに突然問うた。だが、いきなり聞かれたノーティは、当然だが目を丸くして首を傾げる。

「今聞かれても分かんねえよ」

 そうぶっきらぼうに答えたノーティに、ユリアンの目が少し哀しみに染まる。

「……そうか。いや、悪い。今のは――忘れてくれ」

「なんだよ」

 ノーティはだったら最初から言うな、といった顔でまた歩み出す。


 厳しかった寒さが、漸く和らいできた早春。身が縮む気持ちが大分減って来て、草木の色も、徐々に青が色濃くなってきた。

 その春の空気を受けてこの二人の冒険者が歩いている。

 

 まずはユリアン――ユリアン・コンバティール。

 背中に自身の身長の三分の二の長さのブロードソードを携えている剣士だ。

 二十八歳。身長は一八八センチと長身。だが、体重は六十五キロと意外にも軽い方だ。

 艶やかな黒い髪を肩くらいまで伸ばしていて、瞳はコバルトブルー。

 性格は無骨そうに見えるが、温厚で真面目で誠実。種族は人間。

 装備は、銀色のプレートメイルと同じ色の脛当てとマント。白のタートルネックに黒のボトム。そして、ボトムと同じ色のサイハイブーツだ。

 次にノーティ――ノーティ・ヴィクトリーノ。

 こちらは金色の背中までの柔らかそうな髪に灰色の瞳。

 装備は、膝までの灰色のロングコートに薄い若草色のオーバーシャツと鳶色のボトムに、ボトムと同じ色の編み上げのサンダル。

 賢者なのだが、性格は美しい容姿かつ賢者からは想像がつかないくらい口が悪い。だが、植物を愛する優しい一面もある。

 年は二十四歳。但し、ハーフエルフなので正確な年齢は不明。身長は一七四センチ、体重は五十四キロ。

 背中にミスリル製のトライデントをさしている。


 では、話を戻すとしよう。

「確か、今俺達が行くつもりのステア王国は、こっから南だったよな」

「ああ。あと五キロほどしたら着くはずだ」

 あくまで普通に戻ったユリアンが地図を広げて、ノーティと一緒に指をさして確認する。

「そっか。そこって、薬の生成に力を入れてる国だよな」

「ああ。そう聞いている」

「こりゃあ興味深いぜ」

「お前ならそうだろうな」

 弾けるテンションを必死に押し殺すノーティと、それを温かい目で見るユリアン。

 本来の二人は、あてもなく旅をしていて、そこから偶然事件に巻き込まれるという形が殆どだが、今回はある噂を耳にしてそこへと向かっている。

 ユリアンは地図をしまい、ウキウキ気味の足取りのノーティの後を歩いていく。

 今にも泣きそうな顔で首元を軽く握りしめて。そんな彼の銀色のマントが、彼の心情に応えるように切なくなびいていた。


「うわぁ……なんだよこれ」

「まだ十一時だそ、午前の」

 ステア王国へ着いて早々、二人は空を見て驚いた。

 今のこの国の空の暗さは、夜の当たり前の暗さでも、雨雲のけぶりでもない。

 呪いをかけられたかのような色に染まっているのだ。

 稲光は無いものの、ゴロゴロと雷鳴が轟いている。

 城下町は光が失いかけているが、対照的に石造りのごく普通の洋風の城だけは空の色を橙色の光に妖しく照らしている。

「兎に角、例の噂について聞いてみようぜ」

「ああ」

 ノーティとユリアンは手分けして探りに行く事にした。


 一時間後。城のすぐ手前の乙女像の噴水の前に集まった二人の顔は、塩を舐めたような顔をして、

「う~~ん……駄目だ。そっちは?」

「ダメダメ。町の連中、皆口つぐんでやがる」

「そうか。私の所もだ。誰もが曇った顔になって「分かりません」の一点張りだよ」

「その癖何も喋んない割には、老若問わず女は色目ある目だけは俺に向けて来るからムカつくぜ……」

「……」

 ユリアンが一瞬苦笑する。ノーティはそんなユリアンを気づかない振りをして、

「くそ。どうする?」

「う~~ん……」

 と、結局空振りになっている。

 これでは調査も何も出来やしない。肩をすくめながらどうすべきか悩んでいると、

「もうし」

 二人の背後――城門の方から掠れてはいるもののハッキリした声がした。

「はい」

「さようでございますか」

 少し驚いたユリアンが振り返る。

 そこには、真顔の三人の騎士と、身なりの良さそうな格好をした口周りに立派な髭を蓄えた五十代くらいの男性が、不安そうな感情を押し殺しながら立っている。

 だが、本来は穏やかそうな若い好々爺だろう。少し前髪が薄くなっている黒い髪と同じ色の目が、少し苦労人の印象を持たせている。先程の声の主でもある。

 そして一番前には、真剣な顔つきの豪華な装束に身を包んだ四十代ほどの男性が二人に会釈をする。

 ブロンドヘアの短い髪に碧い切れ長の瞳がと像のように彫りの深い顔が、カリスマ性を引き立たせているだろう。ノーティ程ではないが、彼も女性に惹かれるだろう。

「貴方がたは冒険者ですかな?」

 豪華な装束の男性がすがるような声で尋ねる。

「そうですが」

 ノーティが頷く。

「そうですか。早速で申し訳ないのだが、是非我が城へ来ていただきたい。この国に何が起きているかをお話しいたします」

『――分かりました』

 二人は少し緊張した声で揃えて答える。

「さあこちらへ」

 五十代くらいの男性が、騎士たちを歩くよう促し、騎士達のすぐ後ろを歩いて誘導する。

 豪華な衣装の男性は、五十代くらいの男性の後を威厳ある足取りで歩いていく。

 そしてユリアンとノーティは、お互いの顔を見て、頷き、彼らについて行った。罠かもしれない、という警戒心も抱きつつ。


『――』

 二人は目の前の光景に口をつぐむ。

 そこには、モスグリーンのマーメイドドレスを纏った中学生くらいの少女が、ベッドの上でまるで蝋人形のような肌で眠っている。

 胸がゆっくり動いているところを見る限り、息はあるようだ。

 少女の前には、今にも泣きそうな顔をしたこちらはネイビー色のドレスの女性が立っている。恐らく少女の母親だろう。

 先程の豪華な装束の男性が、更に奥にある玉座にどしっと腰掛ける。どうやら彼はこの国の王のようだ。

 その左隣に、五十代くらいの男性が難しい顔をしながら立つ。年齢と決して卑しくない格好からして、彼は恐らく大臣だろう。

 ユリアンとノーティは緋色の毛氈に招待された時と同じ顔で左膝をつきながら、黙ってこの先の事を待っている。

「では改めまして」

 王が重くなりかけているシャッターのような口を開く。

「我が国、ステアへよくぞ参られた。私はこの国の王、マーク・ハイド。こちらは」

 マーク王がまず左隣を指す。

「ジョン・スターリングです。この国の大臣を務めております」

 ジョン大臣は深々と頭を下げる。

 女性も涙を拭い、大臣の隣へやって来て頭を下げる。

 結構背が高い。大臣より五センチほど高い。ノーティと同じくらいだろう。

 髪はマーク王と同じブロンドのロングヘアに赤紫色の瞳が、少し妖艶さを醸し出している。定番の美人と言う感じでこちらもマーク王と同じように異性を惹きつけるだろう。

「アンナと申します。マークの妃です」

 と少しハスキーな声で名乗る。

「そしてこちらが、娘のリリーです」

 横たわっている娘を手の平で指すマーク王。

 リリー王女は、流石二人の娘と言う事もあって、もし今では無かったら、本当に人形のような顔立ちだ。髪はブロンドではあるが、少し栗色がかっている。カールが可愛らしさを促している。

「町の者達には、口外してはいけないと伝えておりましたので。ご気分を悪くしたことをお許しください」

『いいえ』

 マーク王の謝罪に、二人は軽く首を横に振る。

「では、改めて。一体何が起きたんですか。ここで」

 ノーティが針の様に目つきを鋭くして問う。

「はい。一週間前のことでございます。その日は娘リリーの誕生日でした。それで、私達は近隣の国の方々を招待して、生誕祝いをしておりました」

 マーク王が話すと、今度はジョン大臣が悲しい顔を浮かべながら話す。

「皆から盛大に祝われて、リリー様もお喜びでした。ですが……ああ! 思い出すだけでも恐ろしい。宴もたけなわというところに、突如黒きローブを纏ったドクロ姿の死神が現れたのです」

 ジョン大臣は腕を擦りつけながら顔を引きつらせる。

「その死神めが、リリー様の頭上を鎌で掠めた瞬間――突然リリー様のお身体から空気が、いや魂が抜き取られ、今、このようなお姿に……」

 ジョン大臣はおいおいとむせび泣く。

 この国の大臣って意外と案外涙もろくて情に厚いな、と思いながら、

「呼吸はしてるってことは、完全には死んでないんですよね」

 とノーティ。

「はい。いわゆる仮死状態というものです。ですが、二週間以内に『命の薬』を飲ませないと完全に死ぬのです」

 アンナ王妃が涙声で言う。

「二週間……っつーことは後一週間で」

「はい」

「こんなこと、唐突に言われて戸惑うかもしれませんが、どうか、娘を助けて下さい!」

 マーク王が頭を下げ、アンナ王妃とジョン大臣も続いて頭を下げる。

 こんな見ず知らずの冒険者に頼らなければいけないほど切羽詰まっているのか。

 二人は心で溜息をつく。そしてお互いを見て頷いて、

「分かりました。引き受けましょう」

「俺達は噂を確かめる為にここへ来たようなものですから」

 二人が引き受ける姿勢を示すと、部屋の空気が少しだが明るくなった気がした。

『有難うございます!』

 三人の声が謁見の間中に響き渡る。

「では、その『命の薬』っていうのは何処にあるんですか?」

 早速ノーティが訊くと、

「ここから北西のバークジャーの森の外れに、ヴィヴィアンと言う女性がいます。彼女がその薬を作れます」

「はい……あの」

 ジョン大臣にノーティが尋ねる。

「何ですぐに彼女の所を尋ねなかったんですか?」

「勿論すぐに行こうとしました。ですが、運の悪いことに、今我が兵の三分の二は遠征で他国へ出向いており、リリー様が襲われた翌日、彼女の家へ行く吊り橋が何者かによって落とされてしまい……」

 ジョン大臣はたいそう悔しがる。

(道理で城へ入った時から兵の数が少ないと思った)

 と納得するユリアン。

「今、橋の方は?」

「はい。昨日漸く完成したと伝令がありました故、今は通れるでしょう」

「分かりました」

「この国の者の大半は彼女にお世話になっております。事情を話せばきっと分かって下さるでしょう」

「承知しました。では、行って参ります」

 ユリアンとノーティはすっと立ち上がって、玉座にあっさりと礼をして謁見の間を去っていった。

 二人が去った後、何者かが玉座の右奥の窓から覗き込んでいたが、その暗き視線に気づく者は誰もいなかった。

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