光 206

 その後何回も天ちゃんは呼ばれた。



 何十分って戻って来ないときもあった。






 戻って来るたびに天ちゃんは、病院の売店でなのか、買って来たものを、食べ物や飲み物を、はいお土産ってくれた。






 ちゃんと食べようって、無駄にしないようにって、僕は袋に入ってたおにぎりを食べた。






 父さんが帰って来ないひとりの毎日に、よくスーパーで買ったツナマヨ。






 食べてびっくりした。






 おいしくなくて。おいしくないって言うより、いっそまずい。



 売ってるおにぎりってこんなにおいしくないものだった?






「………」






 一口目を飲み込むのに、ものすごく時間がかかった。






 違う。



 これがおいしくないんじゃない。だって僕はこういうのをずっと食べてた。毎日のように。



 だからおいしくないって思うのは、これが原因なんじゃなくて。






 毎日きっちり下ごしらえをする、できたてのご飯を毎日僕が食べてたから。






 同じお米なのに。



 同じ海苔。



 同じツナ。



 同じマヨネーズ。






 なのに。






 ………お店のおにぎりからは、生命の味がしなかった。






 鴉の、イタズラで梅干しがいっぱい入ってる、めちゃくちゃ酸っぱいのでいい。



 鴉のおにぎりが食べたいって、思った。











「ぴかるん」






 戻って来た天ちゃんの僕を呼ぶ声で、これは本当にダメなやつなんだろうなって思った。






 ベッドに寝転がってた僕は、呼ばれて起き上がって天ちゃんの方を向いた。






 天ちゃんはベッドのすぐ側まで来て、ぴかるんには天ちゃんも鴉も居るからねって、そう言った。だから、大丈夫だからって。






 先にそれを言ってからの、続いた言葉に僕は自分で何を思えばいいのか、分かんなかった。






 父さんの携帯は、かけても繋がらない。番号が使われてないって。



 家の電話は、かかるけど留守電になるって。



 勤めてた会社は無断欠勤が続きに続いて6月末で解雇。



『最悪』を予想したおまわりさんが、入った家の中は無人。荒れ放題。



 近所の人に聞いても分からない。



 僕が通ってた学校へ聞いても分からない。



 学校は、父さんが退学手続きをしてたって。






 さっき、天ちゃんが頼れる親戚は?って聞いたときには、どこまで分かってたんだろう。



 もう全部分かってた?



 確認の段階だった?






「………僕は完全に捨てられたんだね」






 誰も居ないのに。






 うちは、うちには、昔からおじいちゃんおばあちゃんの存在がない。



 母さんの方のおじいちゃんおばあちゃんは飛行機で行かなきゃな遠くに住んでて、行くのが大変だからって理由で会ったのは数えるほど。2回とか3回。本当にそれぐらい。



 そして父さんの方のおじいちゃんは。






 知らない。



 もう居ないってことしか。






 居ないイコール死んじゃったって僕は捉えてた。



 でも、仏壇があるわけでもない。お墓参りに行ったこともない。



 居ない、が、嘘か本当かも知らない。






 ………普通じゃないよね。僕の家は。家族は。






 ここで改めて実感。






 どこかまでは普通だと思ってたし、普通だと思いたいから普通だと思ってた。






 親の家族関係が希薄なだけだよ。



 今どき珍しくないよ。



 父さんも母さんもひとりっ子だから、親戚も居ない。いとことかも居ない。



 今どき珍しくないよ。






 そう思いながら、言い聞かせながら、ずっとあった違和感。






 ひとり。






 ひとりになっちゃった。






 母さんは死んじゃって、とうとう本気で父さんに捨てられて、おじいちゃんおばあちゃんは知らない、親戚も居ない、分かんない僕は。何も知らない。



 父さんも母さんも話さないから、話したがらないから、聞かずにいた。



 聞かなくても、知らなくても、日常生活に支障なんか。






 ………支障は、出始めてからじゃ遅いんだよ。






 ベッドの上。



 僕は立てた膝におでこを乗せた。






 ひとり。



 一人。






 ………独り。






 穴があいた船がじわじわ浸水するみたいに、じわじわ来るダメージ。






 そうやってじわじわやられてたら、ふわって頭にデカい手が乗って、ぐいって引っ張られた。






 ダメージを食らってたからだと思う。



 身体がすごい拒否反応を示して、何すんの⁉︎ってなって、天ちゃん⁉︎って顔を上げた。






 天ちゃんだと思ったそこに。



 目の前に。何でか。






「へ⁉︎鴉⁉︎えええええ⁉︎ななっ…何で⁉︎いつ来たの⁉︎」






 鴉。






 鴉が、光って僕を呼ぶ。






 呼ばれて思い出す。



 鴉で思い出す。






 僕はひかり。眩しい眩しいあのひかり。



 僕はこの人の、一番の存在。






 じわって、涙が浮んだ。

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