鴉 206

「天狗」






 ラインの、光の父親と連絡がつかない、からの続きのメッセージを読んで、天狗を呼んだ。すぐ呼んだ。



 呼んでた。気づいたら。



 思わず口をついて出てた。天狗って。






 呼んで、今は無理かって思ったら次の瞬間、家の中で起こるはずのない風がひゅうって。






「鴉」






 一瞬。






 本当にほんの一瞬。






 風と天狗の声とほぼ同時につかまれた腕。



 何が起こったのかの認知が不可能レベル。起こったことの認識ができない。それぐらいの一瞬。瞬間。瞬きも間に合わない。






 ひゅうって、次にはもう俺は家の台所に居なかった。



 白い部屋。



 鼻がつんとするにおいの。






 でもそこに。






 光。






 俺が拾った、俺の小さいの。



 白しか色のないベッドに座って、光は膝を抱えてた。






 泣いてる。






 実際に涙が出てるのかは分からない。



 でも確実に心は泣いてる。光の、内側が。






 だって、してる。



 鼻がつんとするにおいに、それを覆う勢いの、悲しいにおいが。



 それがする。してる。して来てる。



 ………膝を抱えて小さくなってる光から。






 俺はその、光が居るベッドの側に行った。



 家に居たから裸足。床がひんやりした。



 ベッドの側に行って、俺に気づいてない光の頭に触れて、そのまま自分の身体に寄せた。






 触れた瞬間、光は身体をびくって強張らせて、天ちゃん⁉︎って顔を上げた。






 相手が天狗ならな。



 その反応だろう。



 俺じゃないなら。別の誰かなら。






「へ⁉︎鴉⁉︎えええええ⁉︎ななっ…何で⁉︎いつ来たの⁉︎」






 びっくりして、目をぱちくりさせて。そして。間。黙っての、間。






 間のあいだに、俺を見る目が、一気に水分を滲ませた。






 撫でてやる。



 頭を。



 そのまま引き寄せる。離れたから、もう一回。俺の方に。






 光の父親と、連絡がつかない。






 その後に続いてたメッセージは。






 パパるんが行方不明っぽい






「………俺が居る」

「………」

「光には、俺が居る。光が一番の、俺だ」






 な?って、俺のお腹辺りに顔を埋めてる光に言ったら、光はしがみつくみたいに俺の服を握りしめた。ううって、声を漏らして。






 俺に人間の親は居ない。



 俺に居るのは天狗だけ。



 だから分からない。光の気持ちは。






 でも。



 俺は捨て子。



 俺『も』捨て子。







 どこかで何かが、分かる気がする。分かってる気が。






 肩を震わせて泣く光を、俺はしばらく、抱き締めてた。

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