鴉 205

 コーヒーをいれてサンドイッチを食べた。






 食べながら思った。






 光は何か食べたのか。



 食べる時間はあったのか。



 食べる気にはなれたのか。






 天狗が一緒だから、そこまで心配する必要もないのに。






 俺の横。



 いつも光が座ってる椅子に、ひとつ目が座ってる。



 背もたれにはカラス。足元には気狐。






「………今日は出かけないのか?」






 天狗が一緒だから、大丈夫。



 心配の必要はない。いつも通り。普段通りでいい。



 この3人だって。






 ………いつも通りな気持ちになれないのは、一緒か。






 こくんってひとつ目が頷いた。






「きょうは、いい」

「………俺で良ければ後で一緒に神社行くけど」






 ひとつ目は、小さい頭を横に振った。



 今日はいい。もう一回言って。






 それは、俺がイヤだとか、そういう意味じゃなく。






「………光が居ないと寂しいな」

「………うん」






 いつもなら美味しく感じる天狗のサンドイッチも、今日は。






 ただひとり。



 たったひとりの存在が、こんなにも大きいなんてな。



 永遠の別れじゃない。少しの不在が。






 サンドイッチを食べた。



 天狗が用意してくれた全部を食べた。






 食べ終わってから、サンドイッチの具が何だったか覚えていないことに気づいてちょっと笑った。






 スマホはまだ沈黙を続けてる。






 人って、どうやったら落ち着けるんだろうか。



 どうやったら気持ちを落ち着かせることができるんだろうか。






 光との毎日は、本当、初めてだらけのことばかりだ。






 皿を流しに運んで、ふうってとりあえず、大きく息を吐いてみた。











 山煮を作った。



 シュウマイを作った。皮から作った。



 手を動かして頭を空っぽにしていないと、ただただじっと光か天狗からの連絡を待つだけになるから。



 そこは、光を見習って。真似て。






 時間は過ぎた。



 どんどん過ぎた。



 干していた洗濯物も取り込んだ。



 光の服は淡々と畳んでしまった。



 光のシーツは、光がいつ帰って来てもすぐ寝れるよう布団に掛けた。






 米を研いで炊飯器にセットして、味噌汁もあとは味噌を入れるだけ。



 シュウマイは蒸すだけ、山煮は温め直すだけ。






 辺りはもう暗くなり始めてて、そこでやっと。



 やっと。






 スマホが通知音を響かせた。






 急いでスマホを手に取って、見たメッセージには。






 パパるんと連絡がつかない






 天狗からの、イヤな予感しかしない、知らせだった。

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