鴉 203

 光が居ない。






 天狗の風がやむまで外に居た。



 俺と、肩にカラス。足元のひとつ目と気狐っていうい、いつもの光スタイルで。



 天狗の風がやんでも外に居た。



 しばらく動くことができなかった。






 終わりじゃない。



 最後じゃない。



 これは一旦。これは一時。



 もしかしたら今日だけとか、今日明日だけとか、そんななのかもしれない。






 つんって、ズボンが引っ張られるみたいな感覚に、足元を見た。



 ひとつ目が、俺のズボンの裾をつかんでた。



 こつんって、反対側の足に何かが触れた。



 気狐が、俺の足に頭をくっつけてた。



 そして肩では。



 クワって、小さく小さく、『泣く』カラス。






 光が居ない。



 光が山をおりた。






 光。






 俺が拾った小さいの。



 俺の小さいの。






 あんなに小さいのにな。



 たった何ヶ月か、なのにな。



 光が俺にくれたものは、果てしなく大きな大きな、ものだった。






 きっと、そう思ってるのは俺だけじゃない。



 カラスもひとつ目も気狐も。そして天狗も。ネコマタもかもしれない。






「………そういやネコマタは?」






 最後ではないから、見送る必要がないと言われればそれまでだけど。






「………かなしいから、おうちにいるって」






 ぽつんと答えたひとつ目に、そっかって。



 光が、一旦であれ居ないのが、悲しいから。






「光が帰って来たら、またみんなで神社と棘岩に行こう」






 弁当を持って。



 お菓子も持って。






 うんとクワっときゅうって返事が、天狗のじゃない風に吹かれて、ふわり、静かに。






 消えた。






「………」






 家に入った。



 そこでも思った。






 光が居ない。



 どこにも居ない。






 いつもなら、どこかに居る。気配がある。光の空気。そしてにおい。



 いつもなら、かーくん、きーちゃんちょっと待っててって、足を拭くためのタオルを持って来る。



 いつもなら、俺が家事や用事で外に出てると、ありがとうとか、手伝うよとか、何してたの〜?とか。






 静か。






 光が居たって騒がしい訳じゃない。



 光が居たって静か。



 でももっと。



 気配さえない、静か。無音。






 最後ではない。



 すぐだよ。



 ついさっきまで居ただろ。



 ほんの数分前だ。



 光が行って、まだほんの数分だ。






 光。






 俺が拾った小さいの。



 俺の小さいの。






 その存在は、もう。俺にはもう。






 光。



 お前はこんなにも、俺には。






 光の存在が、俺には大きくて。そうなってて。大き過ぎて。



 こんな気持ち、光が居ないって、こんな気持ち。






 二度と味わいたくないって、心の底から思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る