鴉 202

「じゃあ、行ってきます」

「………」






 光の部屋。



 キレイに片付いて、そこに光が居たって形跡がなくなった部屋で、光は言った。俺に。



 天狗は用意できたら言ってね〜って自分の支度をしてて、小さいの3人は居間。






『ラブラブなふたりを邪魔しちゃダメだよ?』






 っていう天狗の言いつけを守って、この部屋には来てない。






 カラスが悲しそうにクワって鳴いてた。






 部屋に光が居た形跡がなくなったって言っても、それはぱっと見だけ。押し入れを開けたらある。



 光が使ってた布団。衣装ケースに、ぴかるんかわいいから着せ甲斐があるって増えに増えた光の服。






 これで最後じゃない。光はまたここに来る。戻って来る。光にもそのつもりがある。………と、思う。



 だからの『行ってきます』。



 行ってきますってことは、ただいまって言うってことだろ?



 まだまだ俺たちにはこれからがあって、今日のこれが、これからのための一歩。






 光はいつも神社や棘岩に行くときに持って行ってる鞄を持ってた。



 2日分ぐらいの着替えは自分で持ってた方がいい気がするって言い出して、天狗に持って行っていいか聞いて。






「鴉が昔着てた服、ひとつ借りてくね」

「………」






 俺が着てた服。



 光を拾っての一番最初、天狗がどこからか引っ張り出してきたやつのことだ。






「俺はもう着れないから、光にやる」

「確かに鴉はもう着られないけど………天ちゃんがとっとく‼︎って言いそう」

「………それは………否定できないな」

「でしょ」






 そう言って笑って、光は俺がはめてやった『ミサンガ』を触った。






『鴉も行く?』






 って、天狗に聞かれた。一緒に。光と、警察に。






 少しでも長く一緒に居たいと思う。






 でも俺は、行かないって答えた。



 俺は行かない方がいい気がする。



 いくら人として、生まれた者として、ちゃんと名前を持って俺が社会的に存在しているって分かっても、ずっと山に居た俺は結局、無職で引きこもりな存在でしかないから。






 それは社会的信頼性が薄いってこと。しかも残念なことに、俺には社交性もない。






 天狗の印象が悪くなることは、天狗の立場が

 悪くなるようなことは、したくない。できない。イヤだ。






 手を伸ばして、俺の小さいのの頭に触れた。



 真っ黒な髪。柔らかな髪。



 それをいつも通り撫でた。






 その俺の手を、光がつかむ。両手で。






「………本当は、行きたくない。ここにずっと居たい。どうなるんだろうって、すっごいこわい」

「………うん」

「でも、このままじゃダメだから」

「………うん」






 俯いてて、頭の上の俺の手を握ってて、顔が見えない。






 男にしたら、キレイな顔。



 男にしたら、小柄で華奢で。






 ここに来たときの光は、悲しいにおいしかしなくて、警戒心が凄くて、どこか悲痛な空気がしてた。



 死を望む空気。






 それが消えて、ひなたのにおいが増えて、笑うことが増えて。






「何かあったら、天狗を呼べ」

「………うん」

「連絡する。だから光も」

「………うん」






 頭に乗せてた手を少しだけ引き寄せて、俺は光の頭に鼻を埋めた。






「鴉💢」

「におい溜め」

「もうっ‼︎何それ‼︎」






 そして光は、俺とぞろぞろついて外に出た小さいの3人に見送られて。






 天狗の風に………消えた。






 カアアアアアッ………て、カラスが悲しい声をあげた。

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