光 201
ご飯の後。
気合いを入れた僕はせっせと山をおりる、帰る準備を始めた。
そんな僕に、鴉はずっとくっついてる。
服をつかめるときは服をつかんでて、無理なときはすぐ横か後ろに居る。
そのすぐ横には、かーくん、いっちゃん、きーちゃんで、移動のたびに行列の行進みたいになってた。
それを僕は、何も言わなかった。
「天ちゃん、服とかどうしよう。あと僕制服でおりてった方がいいのかな」
「服はとりあえず置いてっていいよ〜?警察行って、多分病院行くんじゃないかなって天ちゃんの予想で、必要なものは後で届けたげるから。制服じゃなくていいっしょ」
「病院?僕病院行くの?」
「多分だけどね?連れて行かれて健康状態を診られると思うよ?ぴかるん4ヶ月ぐらい行方不明になってるから」
「あ………そっか………そうだよね」
「スマホさえ持っててくれたらいいと思う」
4ヶ月の行方不明。
は、確かに。見た目きっと僕はめちゃくちゃ健康だけど、警察→病院って流れが普通かも。
僕がずっと使わせてもらってた和室。不思議な鏡のある。
そこと天ちゃんが居るところを行ったり来たりしながら、僕は部屋をキレイにした。
掃除ついでに見た鏡の僕に、矢は影も形もなかった。もちろん、どろどろのヘドロも。
一通りやることをやったら、天ちゃんにおいでって言われて台所。
はいってほうじ茶が入ったマグカップを置かれた。
僕の分と鴉の分。
ありがとうって、僕の席に座った。
きっとこれ、飲んだらもう、だ。
僕は、僕の横に座って僕の服をつかんだ鴉の手を、ぎゅって握った。
そうしたかった。
そうしてあげたかった。
「鴉とオレが山で倒れてたぴかるんを偶然保護して、一緒に暮らしてた。警察に行こうと思ってたけど、精神的に不安定だったから、落ち着くまで待ってた。落ち着いたから連れてきた。って説明するから、ぴかるんそこは話を合わせてね」
片手で鴉の手をにぎりながら、天ちゃんがいれてくれたほうじ茶を一口飲んで、ふうって一息ついたタイミングで、天ちゃんはそう言った。
「………うん。分かった」
「変に心配しなくても、『つつがなく』ことが運ぶようになってるからね」
つつがなくって、問題なくとか?スムーズにとか?そういう意味?
それは、もちろんその方がいい。その方がありがたい。
すんなりスムーズに話が進んでくれた方が。
ここのみんなに、とにかく迷惑がかからないように。
「うん。………って、それは何で?って聞いてもいい?」
「それはねぇ、そこはねぇ、ちょっと裏から手回ししちゃった✨以外詳しくはひみつ〜。天ちゃんルート。もののけっていうか人外っていうか、そっち系裏ルートだから✨」
そっち系裏ルート。
なら、僕は踏み込んだらダメなとこだし、心配するようなことはきっと起こらない。大丈夫。
「で、天ちゃん名前名乗るけど、びっくりしないでね」
「え⁉︎名前⁉︎」
「そ。名前。一応あるから。ないと働けないしね」
名前。
あるんだ。あったんだ。
って、働いてるんだからそうだよね。
鴉はずっと天ちゃんのこと天狗って呼んでるし、僕も天ちゃんって天狗の天をとっての天ちゃんって呼んでるから、びっくりした。
「………そっか。そう、だよね」
「そうなのそうなの。で、天ちゃんの人間名は、鴉山天っていうから、よろしくね」
「からすやまたかし………」
「鴉の鴉。お山の山。天狗の天で鴉山天。まあ、いくらでも変えられる便宜上の仮の名前なんだけどね」
便宜上。
だけど、ちゃんと考えられた?名前だなって。聞いて思った。
鴉も山も天って字も入ってる。
僕が外で天ちゃんって呼んでも、そんなに困らない。説明できる。
ただ、天狗って呼ばれると困るよね。とは思った。天狗要素は入ってない。
「そいで、鴉の仮の名前が、鴉山光一」
そして鴉も。
鴉にも、あった。名前が。ないって言ってた名前。
あるじゃん。あったじゃん。鴉。
「こういち?」
「………え」
「あくまでも仮名だから、いくらでも変えられるからね。オレと養子縁組してるから、名字は一緒。光に一でこういち」
「何で光一なの?」
「それはよく分かんない。神さまがコレって言ったから」
「かっ………神さま⁉︎」
てっきり天ちゃんが考えたのかと思ったら、まさかの神さま。
神さまって、神さま⁉︎すごい人⁉︎って、人じゃじゃないけど、その神さま⁉︎
「うん。神さま。オレ神さまと友だちだから」
「神さまと友だち⁉︎」
「そこはまあ置いといて。鴉は鴉山光一。とりあえずね」
いや、天ちゃん。
それは置いといて欲しくないよ?
神さまと友だちって何?どうやったらそんなことになるの?
あと、名前がとりあえずって。
光一。
光に一で、光一。
僕の字が入ってるのは、偶然?
「光がいちばん」
「へ⁉︎」
「光がいちばん、で、光一だ」
「へっっっっっ⁉︎」
「なるほど〜‼︎さすが神さま‼︎」
いやいやいや。
いやいやいやいや。
光が一番って言ってる鴉も鴉だし、なるほど〜って言ってる天ちゃんも天ちゃんだよ。
それはやめてって、僕は鴉の手を離そうとした。もうちょっと色々考えてよって気持ちを込めて。
離してくれなかったけど。
「え?何で?超いい意味じゃん〜」
「………イヤだ。やめない」
「天ちゃん‼︎鴉も‼︎他にも何かあるでしょ⁉︎」
「何かって〜?」
「ええっ⁉︎えっと………えーと、いっ…1番光り輝くとか⁉︎」
「え〜?ぴかるんが一番の方がいいなぁ〜」
「は⁉︎ちょっと天ちゃん‼︎」
「だ〜って〜」
こっ………この人たちは。
そんなの恥ずかしいし、そんな名前の由来聞いたことない。あり得ない。
なのにそれ以上強く言えないのは、言ったところで却下されるのが目に見えてるのと思いつかないのと。
………鴉が。
嬉しそうで。
それからどうやって鴉の名前が鴉山光一になったのかとか、神さまの名前が神さまって名乗ってる名前とか。
嘘でしょ⁉︎ってことを聞いて、嘘でしょ⁉︎ってなって。
「だからね、ぴかるん。神さまがつけてくれた名前で、つけられた本人が光一って聞いてぴかるんがいちばんって意味だって思ったんなら、それが多分正解なんだとオレは思うんだ」
ちゃんとしっかり、丸めこまれた。
「俺の名付け親が、まさかの神さま、か」
「そう、まさかの神さま。すごいでしょ」
「………ありがとう、天狗」
「え?オレ?」
「天狗だよ」
何で。
何で、名前をつけたのが神さまなのに、何で天ちゃんにありがとうなんだろう。
疑問に、不思議に思って見たカの顔は。
「………鴉。顔がまた、ちょっと違うね」
「………?」
初めて山をおりたときみたいに。
昨日みたいに。
「ええ⁉︎天ちゃんには分かんないよ⁉︎」
騒ぐ天ちゃんの声を聞きながら、鴉が不思議そうに僕を見た。
ほら、顔。
変わってる。違うじゃん。
ないと思ってた名前があったから?
意味を自分で決めたから?
いい顔に、なってる。
その顔に僕は、すごくドキドキして、すごく。
………嬉しかった。
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