鴉 200

「ふたりして眠そうだねぇ」






 おはようの後の、天狗の第一声がそれだった。






 いつもは光より先に起きて、天狗の朝ご飯準備を手伝ってる。



 でも今日は、光と一緒に台所に。






 天狗が寝る前に明日はいいよって言ってくれてたってのもあった。



 俺も光も寝れなくて、もういいかってのもあった。






「眠れなかった?」






 俺と光を交互に見ての天狗の声が、変に優しくて、変だった。



 何となく、頷くのも返事をするのも躊躇って視線を下に落とした。



 それはどうやら、俺の少し後ろに居る光もっぽくて、天狗はやっぱり変に優しくそっかって言った。






「ご飯食べよ。オムレツ作ったよ」

「………オムレツ?」

「そ、オムレツ。ふわとろオムレツ」

「僕がここに来て初めて食べた朝ご飯だ」

「うん。そう思って作ってみた」






 天狗の声がおかしい。






 いや、おかしくない。これが普通。普通っていうか、本来。



 いつもの軽いノリの語尾を伸ばす話し方が、作ってる声。ホストだからって。






 その、天狗が本来の声だから思う。実感。改めて。






 今日なんだ。



 光がここを出て行くのが。






 最後ではないけど。



 連絡も取れるけど。






「大丈夫だから、食べよ?」







 大丈夫。






 天狗がそう言うんだから大丈夫。



 って、思うのに。






「………鴉?」






 俺はまた、いつかみたいに光の服の端っこを、無意識につかんでた。











「天ちゃん、服とかどうしよう。あと僕制服でおりてった方がいいのかな」

「服はとりあえず置いてっていいよ〜?警察行って、多分病院行くんじゃないかなって天ちゃんの予想で、必要なものは後で届けたげるから。制服じゃなくていいっしょ」

「病院?僕病院行くの?」

「多分だけどね?連れて行かれて健康状態を診られると思うよ?ぴかるん4ヶ月ぐらい行方不明になってるから」

「あ………そっか………そうだよね」

「スマホさえ持っててくれたらいいと思う」






 ご飯の後。






 光が意外にも逞しさを見せた。



 光の服をつかんでるのを離せないでいる俺をそのままにしておいてくれつつ、光は帰る準備をしてってる。



 布団からシーツをはがして洗濯したり、シーツをはがした布団を押し入れにしまって部屋の掃除をしたり、この4ヶ月ですっかり増えた光の服をしまったり。






 俺は。



 小さい光がちゃんとそうしてるのに、俺は。






「鴉とオレが山で倒れてたぴかるんを偶然保護して、一緒に暮らしてた。警察に行こうと思ってたけど、精神的に不安定だったから、落ち着くまで待ってた。落ち着いたから連れてきた。って説明するから、ぴかるんそこは話を合わせてね」

「………うん。分かった」

「変に心配しなくても、『つつがなく』ことが運ぶようになってるからね」

「うん。………って、それは何で?って聞いてもいい?」

「それはねぇ、そこはねぇ、ちょっと裏から手回ししちゃった✨以外詳しくはひみつ〜。天ちゃんルート。もののけっていうか人外っていうか、そっち系裏ルートだから✨」






 この口裏合わせが終わったら、終わり。



 終わったら、もう。






 俺だけだった。



 おかしいのは。



 天狗も光もカラスもひとつ目も気狐も、いつもと大して変わらない。ように見えるのに。俺だけ。






 服の裾をつかんでた俺の手を、いつの間にか光がつないでくれてた。握ってくれてた。



 まるで大丈夫だよって言うみたいに。天狗の前なのに。






「で、天ちゃん名前名乗るけど、びっくりしないでね」

「え⁉︎名前⁉︎」

「そ。名前。一応あるから。ないと働けないしね」

「………そっか。そう、だよね」

「そうなのそうなの。で、天ちゃんの人間名は、鴉山天っていうから、よろしくね」

「からすやまたかし………」

「鴉の鴉。お山の山。天狗の天で鴉山天。まあ、いくらでも変えられる便宜上の仮の名前なんだけどね。そいで、鴉の仮の名前が、鴉山光一」

「こういち?」

「………え」

「あくまでも仮名だから、いくらでも変えられるからね。オレと養子縁組してるから、名字は一緒。光に一でこういち」

「何で光一なの?」

「それはよく分かんない。神さまがコレって言ったから」

「かっ………神さま⁉︎」

「うん。神さま。オレ神さまと友だちだから」

「神さまと友だち⁉︎」

「そこはまあ置いといて。鴉は鴉山光一。とりあえずね」






 名前。俺の。



 特に決めてないって、前は言ってたのに。



 必要になったから決めたのか、決めてたけど俺が気にしないよう決めてないって言ったのか。






「光がいちばん」

「へ⁉︎」

「光がいちばん、で、光一だ」

「へっっっっっ⁉︎」

「なるほど〜‼︎さすが神さま‼︎」






 驚く光をよそに、俺は初めて聞いた俺の名前に、少しだけ落ち着くことができた。

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