鴉 199

 それから家に入って天狗の弁当作りを手伝った。



 その弁当を持って神社と棘岩に行った。



 棘岩の脇で弁当を食べた。






 いつも通り。いつもと同じ。



 でも明日は多分、そのいつも通りはできなくて、明後日もできないかもしれなくて、明明後日もかも、で。






 次にこのいつも通りができるのはいつなのか。






 そう思ったら。






「光の写真撮りたい」

「………」






 おにぎりを食べようとデカい口を開けた光が、ちょっとイヤそうに眉を寄せた。



 そのままおにぎりにかぶりついて、もぐもぐしてる。



 何か考えてるような、無心でおにぎりを食べてるような。






「………外に居る間だけね」

「………え」






 いいって言ってもらえるとはあんまり思ってなくて、聞いたくせに驚いた。






「………僕も鴉撮るからね」






 俺から視線をそらしながら。



 顔を横に向けながら。



 心なしか、耳を赤くしながら。光が。






「好きなだけ撮っていい」






 次のいつも通りまで、いつも通りじゃない毎日を乗り切れるように。






 俺はまた光の写真を撮りまくって、もう良くない⁉︎撮りすぎじゃない⁉︎って、やっぱり最終的に、怒られた。











 夕飯はカレーだった。



 しかもハンバーグカレーだった。



 ハンバーグもカレーも好きな光が、天ちゃんありがとうって喜んだ。






 とりあえず、一旦の最後の夜。






 光の口数が時間の経過とともに減った。



 緊張とか不安とか、そういうのが見て分かった。



 それを見て、俺までした。緊張を。俺までなった。不安に。






 知ってるから、余計。光が泣くって。






 天狗が片付けをやってくれた。



 その間に風呂に入れって、順番に入った。



 もう部屋に行きなって、部屋に追いやられた。



 ふたりにしてあげなよって小さいの3人に言って、小さいのたちは天狗の部屋に行った。






 何も。



 何も、話せなかった。何を話していいのか分からなくて。



 ただ、並べた布団に並んで転がってた。



 一旦の最後の日なのに。



 一旦の最後の日だから。






「毎日連絡する」

「………うん」






 隣の布団で寝る光に言えたのは、それだけだった。



 そして、うとうとと目覚めを繰り返しながら朝を。



 光が帰る日の朝を、迎えた。






 おはようって挨拶をした光も俺も、しっかり寝不足の顔だった。






 帰る。光が帰る。光がここから居なくなる。今日。






 おはようが、明日は言えない。






「おはようって言い合えるって、すごいことだったんだね」






 小さく呟いた光に、そうだなって、思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る