光 198

 鴉が僕の頭の上でじっとしてる。じーっと。



 天ちゃんが居るからちょっと恥ずかしい。



 それでも僕も黙ってじっとしてるのは。






「疲れた?」






 まだ2回目だから。



 2回目だよ?山をおりるの。僕以外の『人間』と会うの。






「………いや。くさかった」






 てっきり疲れたって言うと思ってたから、くさかったの一言にちょっとずるってなる。



 それでもさ。



 くさいって、ツライよね。鴉の鼻は、僕と感覚が違うから。






 今日は特別。今だけいいよ。




 明日、一旦のお別れが待ってるから。






 とは思ってる。



 だからじっとしてる。






 すーーーーー



 はーーーーー



 すーーーーー



 はーーーーー



 すーーーーー



 はーーーーー






 ねぇ、これ。



 これっていつまで⁉︎



 じっとしてるよ⁉︎お疲れさまの気持ちを込めてさ‼︎嗅がれるがまま嗅がれてるよ⁉︎






 すーーーーー



 はーーーーー



 すーーーーー



 はーーーーー



 すーーーーー



 はーーーーー






 でもこれいつまでやる⁉︎っていうかもうすでに嗅ぎすぎじゃない⁉︎






 鴉のにおい嗅ぎの邪魔にならないように、ちょっとだけ頭を動かしてちろって天ちゃんを探した。



 ちろって見たところにちょうど天ちゃんが居て目が合った。






 天ちゃん‼︎



 僕は声を大にして聞きたい‼︎



 僕はいつまでにおいを嗅がれてればいいですか⁉︎






 すーーーーー



 はーーーーー



 すーーーーー



 はーーーーー



 すーーーーー



 はーーーーー






 天ちゃん‼︎






 っていう僕の願いが届いた………のかも、しれない。






 天ちゃんは顔だけでぐふふって笑って、それから言った。






「ぴかるん、今日鴉とデートする〜?」

「はっ⁉︎デート⁉︎」






 その顔からその発言‼︎って、僕はびっくりして思わず鴉からぴょんって離れた。



 デート⁉︎鴉と⁉︎今日⁉︎どゆこと⁉︎






 天ちゃんのぐふふ顔が一瞬で消える。消えた。



『あっ』て顔を一瞬したから、鴉と一瞬で何かあったのかもしれない。






「あ、えーっと、神社。行く?行くなら天ちゃんお弁当作ってあげるけど」

「天ちゃん‼︎神社なら神社って言ってよ‼︎」

「え〜?だってデートみたいなもんじゃ〜ん。ね?鴉」

「………」






 ええ⁉︎鴉と神社に行くことがデートみたいなもの⁉︎



 かーくんやいっちゃんたちみんな居るのに⁉︎



 しかも鴉に同意を求めるって。






「行くのか?神社」






 話をふられた鴉は、突然のデートって言葉にもいつもさを崩してなかった。



 ただ、少しむっとしてるみたいに見えるのは気のせい………?






「うん。行こうと思ってる。棘岩も。明日は行けるか分かんないから」

「じゃあ俺も行く」

「大丈夫?疲れてない?」

「今日はそんなに疲れてない。くさかっただけだ。だから行く」

「………うん」

「よしっ、んじゃオレはお熱いふたりのためにおいしいおいしいお弁当作ってくるねっ。それ、ぴゅーんっ」






 絶対。絶対だよ。絶対、明らかに天ちゃん逃げたよね?






 もうっ。すぐ僕の反応で遊ぶんだからっ。



 いちいち反応しちゃう僕が何だけどさっ。






 っていうこれも、一旦明日で。






 明日。






 ………明日、か。






 家に帰るっていうのに、このテンションの落ちようがね。すごいよね。






 そしたら鴉が光って。






 そこで反射的に思い出す。天ちゃんの暗示。



 僕は『ひかり』。あの『ひかり』。眩しい眩しい。






 天ちゃんの暗示の力は、すごいかもしれない。



 一瞬にして、飲み込まれそうになってた不安の闇が消えた。






「ん?」

「杏奈さんが、光の写真見て超かわいいって」

「へ⁉︎」

「光の写真ないのか聞かれたから、見せた」

「うえええええっ⁉︎写真⁉︎僕の⁉︎見せたの⁉︎杏奈さんに⁉︎」

「見せた」

「見せちゃダメだよ‼︎見せちゃ‼︎」






 びっくりした。



 さっきの天ちゃんの『デート』ワードがどこか行っちゃうぐらいびっくりした。






 どの写真?どんな顔のやつ?まさか全部?



 ちょっと待って、僕の顔って一時期ニュースで出まくってたんだよね?



 みんながみんな覚えてるとは思わないけど、バレたら。






 あ。



 バレても、か。






「僕が行方不明になってて捜索願い出てることには………」

「気づいてない。よっぽどじゃなきゃ気づかない」

「何で?」

「ニュースで出てた光の写真と、俺が見せた写真じゃ、顔が全然違う」

「顔?え?何か違う?」

「違う。ニュースの写真の光は、あんなの全然、光じゃない」

「いやいや、あれ僕だけど………」






 使われてたのがいつのどの写真かは謎。



 でも僕。



 僕だからいくら何でも誰かは。






「あれは、あの写真は、違う。………あれは何か………死んでるみたいだ」

「………え?」

「今の光は生きてる。写真の顔も全然違う。知り合いでもなきゃ気づかない」






 死んでるみたいな写真の顔と、生きてる顔の今。






 嬉しかった。



 死にそうになってただけに、ほぼ死んでるみたいになってただけに、鴉の言葉は。



 みたいにっていうか。






 前の僕は、矢が刺さって死んじゃったんだよ。



 僕はもう。






 明日帰る。戻る。山をおりる。



 でもそう。僕は前の僕じゃない。前の僕はここで、天狗山で死んだ。



 そして今の僕がここで、天狗山で。






「………ねぇ、鴉」

「………?」

「杏奈さんが認識してる僕たちの関係って………」






 僕の身バレの心配が消えたら、今度はこっち。



 鴉は僕の存在を何て言った?杏奈さんは、どんな存在認識で僕にミサンガ?






「両想い」

「………な、何も言われなかった?」






 両想い。






 何回聞いても慣れない、超スペシャルに恥ずかしい単語。






 けど、大丈夫なの?



 偏見って、やっぱりさ。あるじゃん。持っちゃダメって、分かってても。男同士だよ?






「何も言われてない」

「僕が男子って気づいてないとか?」

「それは………ないだろ。多分だけど。分かってて言わないんだと思う。杏奈さんはそんなことを言う人じゃない。杏奈さんだけじゃなくて、あっちゃんもひなくんもみんな、命があのひかりだって知ってそうな人たちだった。そういうにおいがする人たちだった。だから大丈夫」






 きっぱりと鴉はそう言い切って、その言葉に僕は、そっかって。そうだよねって、思った。



 鴉が言うんだからそう。鴉だからそう。



 変な納得。説得力。






「鴉はいい人たちに出会ったんだね」

「それは違う。俺は、出会わせてもらったんだ。天狗に」






 そっか。そうだ。



 天ちゃんだもんね。紹介元が。



『この』鴉を育てた人………じゃないけど、人の。



 これまたすごい説得力で超納得。した。してたら。






 光もって。






 言葉とともに、眩しいひかりが見える。



 光も。



 僕も?






「これからは『そう』だから、大丈夫」

「そう………かな」

「そうに決まってる。だから天狗に俺に、こいつらに出会ったんだ」






 こいつらって言われて、鴉の視線を追って見たら、そこにはかーくんといっちゃんときーちゃんが居た。



 そうだ。鴉を迎えに行く天ちゃんと一緒に外に出てたんだった。






 じわじわ来る。



 じわじわじわじわ。



 僕の内側から、あったかいものが。






 やっぱり僕は、前の僕は、ここで死んだ。



 ここで新たな僕になって。僕は。






「うん。ありがと、鴉」






 僕はひかり。眩しい眩しい、あのひかり。






 だから大丈夫。



 こわいけど、大丈夫。






 明日。明日から。






 ………何があっても。

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