光 197

「鴉〜、ちょっとやめてあげたら?」






 僕の斜め前の席で肘をついて、天ちゃんが珍しく鴉に呆れ声。






 それは何でかって。何でかって‼︎






 スマホにカメラがあっていつでも撮れていつでも見れるって鴉が知ってしまったから。






 ………そのきっかけが僕だから結局僕の自爆自滅墓穴ではある。



 あるけどね⁉︎






 写真って正直好きじゃない。



 さっきみたいに自分が撮るならまだしも、撮られるって好きじゃない。



 力んじゃって絶対変な顔になるし、タイミング悪くて目瞑っちゃうとか白目とか。



 クラス写真とか卒アルなんてとてもじゃないけど見れたもんじゃない。






 ………なのにさっきから鴉が僕専属のカメラマンになっちゃってる。






 もうよくない?もう十分じゃない?



 5分とか10分置きぐらいに撮られてる気がする。っていうか撮られてる。



 そりゃ嬉しいよ?僕の写真が欲しいっていう鴉の気持ちは‼︎



 僕だって天ちゃんに鴉の写真ちょうだいって言ってるんだから、気持ちは分かるし嬉しいよ?






 でも‼︎モノにはね⁉︎限度ってのがあるんだよ‼︎






「これ以上撮ったら、僕はこの先一生変顔で生きてく‼︎」






 宣言してやってみる、精一杯の変顔。






 カシャ






 ぶはっ






 その変顔さえ写真に撮られて、天ちゃんに笑われた。






 ………僕の人生初の変顔が。






「ぴかるんは何やってもかわいいねぇ」






 カシャ






 天ちゃんの一言に、返事みたいなタイミングのシャッター音。






「僕は変顔をしてるの‼︎変顔は変な顔であってかわいくはない‼︎」






 カシャ






「もう‼︎いい加減にしないとにおい嗅がせてあげないからね‼︎」






 やけくそで叫んだ僕に、天ちゃんがまたぶはって吹き出した。そのまま爆笑。



 そして鴉は。






「………終わりにする」






 写真を撮るのをやめた。






「明日までスマホ没収‼︎」

「もう撮らない。見るだけ」

「………本当に?」

「本当に」

「見るだけだよ⁉︎絶対絶対見るだけだよ⁉︎撮ったらもう絶対におい嗅がせてあげないからね‼︎」

「………分かった。ごめん。やめる」






 ぶくくくくっ………






 変顔攻撃が効かず、におい嗅ぎ禁止が効くこの現実。



 そして天ちゃんに笑われるこの現実。






 もう。



 穴があったら入りたい。



 これじゃまるで僕が自ら鴉ににおいを嗅がせてるみたいじゃん‼︎






「いつも鴉が勝手に僕のにおいを嗅いでるだけだからね⁉︎」






 分かった分かったって天ちゃんは言ってくれたけど、お腹をおさえて涙を拭いながら笑ってるだけに、どこまで通じててどこまで分かってくれてるのか。






 それから鴉は、ヒマさえあれば自分のスマホで僕の写真を愛でることを、新たな趣味にした。











 次の日、鴉は朝から杏奈さんのお店の手伝いに行った。



 朝8時からの2時間。






 前より、鴉の表情は柔らかかった。



 働く場所は前回と違うけど、2回目の余裕、みたいな。






「天ちゃんは送ってったら一旦戻って来るからね〜」

「うん。行ってらっしゃい、鴉。頑張ってね」

「………行ってきます」






 僕、いっちゃん、かーくん、きーちゃんで見送りに来た外。



 風が吹いてふたりが消えて、残った風を僕は見上げた。






 高い高い、青い空。






 鴉が行った。



 最初の一歩の二歩目に行った。



 だから明日、僕はだから帰る。戻る。



 16年、ずっと過ごしてきた毎日に。






 今日と明日。の午前中、かな。戻るのは。



 それで、そこで、ここで過ごす、とりあえずの終わり。






「どうなっちゃうかなぁ。僕」






 思わず呟いたらまた風が吹いて、ただいまって天ちゃんが帰って来た。






「おかえりなさい」

「うん。ただいま。無事鴉を送ってきました〜」






 帰って来た天ちゃんと、洗濯や掃除をして、しまってあったここに来たときの制服を出して、明日はこれを着て帰る?僕は『あの日』から今までどうしてたことにしたらいい?って、部屋で悩んでた。






 普通に考えたらおかしいよね。山にずっと居て生きてたとか、身ギレイとか、服とか。






 天ちゃんに相談したら、それはあっさりと解決した。






「ああ、それなら天ちゃんが保護したって、一緒に警察に行ってあげるから大丈夫」

「……え?」

「倒れてるのを見つけて保護したけど、憔悴しきってて命を絶つ可能性大だったから、落ち着くまで面倒見てましたって。落ち着いたから連れて来ましたって」

「それって天ちゃん警察から怒られたりしない?」

「だって本当のことじゃん?だからちゃんと説明すれば大丈夫………だと思いたい。うーん。でも一応裏から手を回しとくかな」

「裏から?」

「あ、これはオフレコで。とにかく大丈夫にしとくから大丈夫」






 天ちゃんは僕の頭をぽんぽんってしてから、いつも通りニッて笑った。






 天ちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫。



 っていうか。






 ひとりで行こうと思ってたから、天ちゃんが一緒に警察に行ってくれるってすごいありがたかった。



 どこまでもどこまでも、ありがたいでしかない。






 そして。






 時間は過ぎる。



 早く過ぎる。どんどん。どんどん。






「おかえり、鴉。お疲れさまでした」






 鴉を迎えに行く天ちゃんを外で見送って、帰って来るのを待って。






 鴉、また顔が、変わった。






 ただいまって鴉が、僕の頭に鼻を埋めた。

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