光 195
いつも通りにしようって思ってるのに、帰る日がいざ決まっちゃったらそのいつも通りが難しい。
一生のお別れじゃない。
ほんの少しのお別れ、な、だけ。
なのにいつも通りにできないのは、寂しいなっていうのと、ほんの少しのお別れの間、どうしようってなったときにどうしよう、だから。
今は、何かあってもみんなが居る。
駆けつけてくれる鴉、色んなことを教えてくれる天ちゃん。
側に居てくれるいっちゃん、かーくん、きーちゃん。
肉球癒しのまーちゃん。
みんなが。
父さんと暮らすにしろ、そうじゃないにしろ、山をおりて警察に行って保護?してもらって、その後。
どんな状況なのか、どうなったか、どうするのか、どうしたらいいのか。
………ひとりで。
天ちゃんって呼べば、多分いいんだよね?
でもさ、そうするといちいち大変じゃん?天ちゃんが。
今日みたいに忙しい日だってあるだろうし、僕の中で天ちゃんを呼ぶ=緊急事態、だし。
………鴉に。
どんな状況なのか、どうなったか、どうするのかの報告とか説明は、鴉にできればいいんだけど。
だだだだだだって鴉にすれば鴉から天ちゃんに伝わるじゃん。
どうしたらいいのかはふたりに聞きたいけど、それも鴉に言えばさ。全部天ちゃんに。
自分のスマホをなくしたことが、ここに来て思いがけず痛かった。
………父さん、僕にスマホ持たせてくれるかな。
無理か。無くしたんだもんね。
持たせてくれなかったら自分で買わなきゃだよね。あった方がいいもん。ないと不便。
自分で買うとしたらバイトして、契約は僕ひとりじゃできないだろうから、天ちゃんか鴉に手伝ってもらうしかない、よね。
いつもより静かな夜に、鴉をちらちら盗み見ながら、僕はそんなことを考えてた。
その次の日の夕方だった。
元々でたまたまなのか、それとも予定変更をしたのか、3連休を取ったって天ちゃんが朝から出かけてて夕方帰って来てふたりとも来て来て〜って鴉と僕を呼んだ。
居間に居た僕たちが、来て来てって言われた台所に行くと、そこに。テーブルに。
スマホが2台。
鴉の席に黒いカバーの。
僕の席に茶色いカバーの。そして。
「オレからのプレゼント〜✨受け取って受け取って〜✨」
って。
どうしようって思ってた。
連絡が取れない。取りたいのに天ちゃんを呼ぶしか方法がないって、思ってた。
思ってたよ⁉︎思ってたよ‼︎思ってたけどね⁉︎
どんぴしゃなタイミングすぎてこわってなったのと、プレゼントって‼︎プレゼントって‼︎
「………天狗」
「えええええ⁉︎無理無理無理無理っ‼︎」
僕は反射的に受け取り拒否をした。いやいやいやいや。ダメダメダメダメ。
金額‼︎プレゼントって金額じゃないよ‼︎天ちゃんって金銭感覚おかしいんじゃない⁉︎
「じゃあぴかるんには、それしばらく貸したげるから使って」
だから貸したげるからってそんな。
ものすごい簡単に言っちゃってるけど、買ったんだよね⁉︎鴉にならまだしも僕にもって。
欲しいとは、必要だとは思う、けど。
「………天ちゃん」
「電話もネットも無制限のプランだから、何も気にせずじゃんじゃん使っていいからね〜?電話番号はオレの含めてそれぞれにちゃんと入れてあるし、ラインもできるようにしてある。あ、鴉のスマホには一応杏奈さんとまぼちゃんあっちゃんの電話番号も入れといたからねっ。あ〜と〜は〜」
「天ちゃん‼︎」
欲しい。あった方がいい。ないと不便。
けどさ。
けどさ‼︎
本当は欲しいから、必要だから、ないと不便だから、なかなか言葉が続かなくてうぐってなってた。
その間に、鴉は言ってる。ありがとうって。
そして言った。光も受け取れって。
いつも通りに。無愛想で無表情に。
「ダメだよ、鴉‼︎︎スマホって高いんだよ⁉︎僕今まで散々お世話になってるのに、最後の最後にこんな高額商品‼︎絶対ダメ‼︎」
「だからぴかるん、これ天ちゃんのスマホのだから、貸したげるって。それでいいにしよ?」
「毎月お金かかるんだよ⁉︎」
「うん」
「うんじゃなくて‼︎うんじゃなくてさ‼︎」
これがね、僕が父さんとじゃなく、鴉が僕の保護者になって、鴉とこれから生活するって決まってるならまだ受け入れられたのかもしれない。
でも今はまだ分かんない状態。状況。
そこでこんな。
ダメだよって、僕はスマホを天ちゃんの前に押し返した。
そしたら。横から。
「光。頼む。俺のために受け取ってくれ」
「………え?」
鴉がそう言って、鴉は。
鴉は僕に、頼むって頭を下げた。
「鴉のために?」
「そう。俺のため。………光が山をおりて、どれぐらいの間離れてなきゃいけないのか分からない。すぐかもしれないし、長いのかもしれない。それが分からないから、俺と光で何か、ちゃんと繋がっておくものが、俺は欲しい」
「………鴉」
鴉と僕で、ちゃんと繋がっておくもの。
それはだから、僕も欲しい。
鴉もそう思ってくれてることに、僕は少し驚いた。
鴉ってもっと淡々としてるのかと思ってた。
頼む。
下がってる頭がさらに下げる。
それに焦る。やめてよ鴉って。
「これってさ、天ちゃんの究極のワガママなんだよ?ぴかるん」
「天ちゃんの?」
「うん、そう」
「どういうこと?」
「オレは、世界一鴉を溺愛する世界一の親バカじゃん?鴉の幸せがオレの幸せなの。鴉が喜ぶことがオレの喜び。………分かる?」
「………うん。分かるよ」
「じゃあ受け取って?鴉が喜ぶから。それがオレも嬉しいから。ね?鴉のためだけじゃない。オレのため。オレの幸せ、喜びのため。だからぴかるん。ここはひとつ、ありがとうって受け取って」
「………天ちゃん」
僕が受け取ることで、喜ぶ人がふたり。
しかもそのふたりは、僕の大好きな人たち。
天ちゃんがまた僕の前にスマホを置いた。
「………ありがとう。こんなにも色々してもらった天ちゃんへの恩返しは、僕が鴉を幸せにすればできる?」
ここまでしてくれて。
こんなにも色々してくれて。
今の僕で今すぐできる天ちゃんへのお返しは、恩返しは、鴉を。幸せに。
「………ぴかるん」
「天ちゃんには、鴉にもだけど、どんなにありがとうって言っても足りないから。だから、僕が。鴉を」
難しいかもしれないけど。
「ぴかるんが鴉を幸せに。ぴかるんと幸せに。ぴかるんも幸せに。ね?」
僕も。幸せに。
天ちゃんの、ね?って声がすごくすごく優しくて、胸の奥が熱くなった。
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