鴉 195

 光が山をおりるからと言って、終わりではない。



 どれだけ離れてても、光が呼べば天狗が秒で行ける。



 光の場所さえ分かっていれば、呼ばれなくても天狗と行ける。秒で行ける。






 天狗が居れば。



 天狗が………居ないと。






 俺だけじゃ光と連絡を取ることはできない。






 うちの、天狗のタブレットを使っていいのなら、そこは、俺はクリアできる。



 でも、光は。光が何も持ってない。






 スマホは、ここに来るときにどこかに落としたと言っていた。



 落としたかどうかも分かんないって。もしかしたら捨てたのかもって。






 よく覚えていないらしい。ここで倒れてた日のことは。



 どこをどう歩いたのか、持ってたはずの鞄がどこに行ったのか。






 倒れるまで歩き続けたんだから、覚えてなくてもおかしくはないだろう。






 天狗が居るから、大丈夫。



 音信不通になったりしない。



 もし光が父親と暮らすことになったら、またスマホを持たせてもらえるかもしれない。



 それが無理でも、光の家に何かしら。タブレットやパソコンが。






 っていう俺の、光と俺で直の連絡が取れないって心配は、俺が『杏奈さん』のところに行く日が決まった次の日の夕方にあっさりと解決した。






 今日明日明後日は休みっ。3連休〜って浮かれてる天狗が朝から出掛けて帰って来て、ふたりとも来て来て〜って台所に呼ばれて渡された。






 俺と光に、新しいスマホが。






「オレからのプレゼント〜✨受け取って受け取って〜✨」

「………天狗」

「えええええ⁉︎無理無理無理無理っ‼︎」






 テーブルの上に1台ずつ、ぽんぽんって置いてあるスマホには、茶色いカバーがしてあった。



 皮っぽいカバー。



 光が茶。俺は黒。色違いで、形は同じ。






「じゃあぴかるんには、それしばらく貸したげるから使って」

「………天ちゃん」

「電話もネットも無制限のプランだから、何も気にせずじゃんじゃん使っていいからね〜?電話番号はオレの含めてそれぞれにちゃんと入れてあるし、ラインもできるようにしてある。あ、鴉のスマホには一応杏奈さんとまぼちゃんあっちゃんの電話番号も入れといたからねっ。あ〜と〜は〜」

「天ちゃん‼︎」






 ノンストップでべらべら説明する天狗を、光がデカイ声で、叫ぶみたいに呼んだ。



 ん〜?って軽い返事の天狗と、対照的な、悲痛な顔の光。






 俺は。



 光。



 俺は正直、ありがたいよ。



 これがあれば天狗が居なくても光と連絡が取れる。






 何なら俺から頼もうと思ってた。天狗に。






 俺にはできないから。



 俺が本当はやってやりたいけど、できないから。



 俺がこういうのをできるようになるためには、時間がかかりすぎる。



 明後日に間に合わせることができない。






「ありがとう、天狗」

「うんうん。どいたま、鴉」

「光も受け取れ」

「ダメだよ、鴉‼︎︎スマホって高いんだよ⁉︎僕今まで散々お世話になってるのに、最後の最後にこんな高額商品‼︎絶対ダメ‼︎」

「だからぴかるん、これ天ちゃんのスマホのだから、貸したげるって。それでいいにしよ?」

「毎月お金かかるんだよ⁉︎」

「うん」

「うんじゃなくて‼︎」






 うんじゃなくてさ‼︎って。






 光は目の前に置かれたスマホを、ダメだよって天狗の方に移動させた。






 ありがとうって、受け取っていい。俺は受け取って欲しい。



 受け取って、一旦甘えて、支払いのことが気になるなら後で相談すればいい。






 俺が。光。



 そうして欲しい。光と直で繋がっておくために。






「光。頼む。俺のために受け取ってくれ」

「………え?」






 隣に座る光に、俺は頭を下げた。頼むからって。






「鴉のために?」

「そう。俺のため。………光が山をおりて、どれぐらいの間離れてなきゃいけないのか分からない。すぐかもしれないし、長いのかもしれない。それが分からないから、俺と光で何か、ちゃんと繋がっておくものが、俺は欲しい」

「………鴉」






 だから頼む。






 光に向かって。



 下げてた頭を、さらに下げる。受け取って欲しい。受け取ってくれ。じゃないと俺は。






「これってさ、天ちゃんの究極のワガママなんだよ?ぴかるん」

「天ちゃんの?」

「うん、そう」

「どういうこと?」

「オレは、世界一鴉を溺愛する世界一の親バカじゃん?鴉の幸せがオレの幸せなの。鴉が喜ぶことがオレの喜び」






 分かる?って、下げてた頭を上げたら、天狗が光に………『俺の親の顔』で聞いてた。







「………うん。分かるよ」

「じゃあ受け取って?鴉が喜ぶから。それがオレも嬉しいから。ね?鴉のためだけじゃない。オレのため。オレの幸せ、喜びのため。だからぴかるん。ここはひとつ、ありがとうって受け取って」

「………天ちゃん」






 天狗がまた、スマホを光の前に置いた。



 光はそれを見て、天狗を見て。それを見て、俺を見た。そして。ありがとうって。






「こんなにも色々してもらった天ちゃんへの恩返しは、僕が鴉を幸せにすればできる?」

「………っ」

「………ぴかるん」

「天ちゃんには、鴉にもだけど、どんなにありがとうって言っても足りないから。だから、僕が。鴉を」






 こういうの。



 そういうの。






 殺し文句って言わないか?



 光が俺を。幸せにって。そんなの。






「ぴかるんが鴉を幸せに。ぴかるんと幸せに。ぴかるんも幸せに。ね?」






 世界一俺を溺愛する、世界一の親バカ。






 ありがとう天狗って、天狗に向かってもう一度俺は頭を下げた。

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