光 190

 少しの間フリーズしてた鴉が再起動していつも通りの鴉になって、僕はミサンガがはまる方の手を引かれて外に連れて行かれた。






 大きな木の、葉っぱと葉っぱの間からちょうどいい木漏れ日が当たるとこらへんに座れって言われて座った。根っこ。



 斜め前に鴉も座る。



 長い脚が窮屈そうだった。折りたたんで、座る。



 いっちゃんたちは僕の後ろ。






 そして聞いた話に、僕は。






 どうしようって、思った。






 どうしよう。



 ダメだよ。ダメでしょ。






 一緒に居たいよ?そりゃ。鴉と。みんなと。



 鴉は言ったよ?僕のその願いを叶えてくれるって。






 でもさ。子どもって。養子って。






 僕の中で黒いのがぐるぐるし始めるのが分かった。






「もし、の場合だ。そうしろってことじゃない」






 僕が黙ってたから?



 困ってるとか迷ってるとかに見えたから?






 あくまでももしの話。もしもの。






 鴉はそう繰り返した。






 もし。






「………もし、もし父さんが僕を捨てた場合、ってことだよね?」






 言っててちょっと胸が痛いのは、実の父親なのにその可能性が大だから。



 目の前の鴉は、血が繋がってないどころか、天ちゃんと種類………種族?そんなのも違うのにちゃんと親子だから。



 そして、赤の他人の僕を鴉の子どもとして引き取ってくれるなんて言ってくれてるから。






 血のつながりって何だろう。



 親子って、家族って何だろう。



 父さんは何で。






「父さんは、何であんな風になっちゃったんだろ」






 思わずぼやいた。



 言ったってどうにもならないのにね。






「………前は違った?」

「………元々あんまり構ってもらったことはないけど、それでも多少はね」

「………うん」

「無責任に途中で父親をやめるぐらいなら、最初から子どもなんか作んなきゃいいのに」






 そしたら、こんな風に悩むことも困ることも。






 難しい。どう考えていいのか分かんない。






 だってい今までのことのどれかひとつでも欠けたら、僕はここに来ていなくて、鴉と出会ってない。






 それが、分かってるから。






「親も未熟なんだよって、天狗に言われたことがある」

「………未熟?」

「大人になって結婚して子どもが生まれたからって、それだけで成熟した大人になれるものじゃない。逆に結婚して子どもができて、ずっと誤魔化してきた未熟な部分が明るみに出ることだってあるって」






 ………未熟な部分が明るみに?






 大人、じゃん。



 だって大人だよ?親だよ?未熟って何。未熟って子どものことを言うんじゃないの?



 大人になれば大人になって、なれて、経験だって積むわけじゃん。だから大人なんでしょ?親になれるんでしょ?






「大人になったら『大人』になれるんじゃないの?」

「………俺は年齢的に多分大人だけど、子どもの頃からそんな変わってない。だからそういうものではないんだと思う」






 鴉は20才をこえてる。



 だから大人。






 うん、大人だと思う。



 落ち着いてる感じとか、動じないところとか、色んなことを知ってて色んなことができるとことか。






 けど待って。



 子どもの頃からそんな変わってないって。






「え?鴉って子どもの頃からそんななの?」

「子どもの頃からこんなだな」

「………それはある意味すごいかも」






 このままの鴉を脳内で小さくしたら、めちゃくちゃ子どもらしくないかわいくなくてかわいい鴉ができあがって思わず笑った。






 そして僕は。






「どうやったらちゃんとした大人になれる?僕は父さんや………母さんのようには、なりたくない。僕は、天ちゃんや鴉みたいな大人がいい」

「………え?」






 なるなら天ちゃんや鴉のように。






 だってそうでしょ?






 自ら命を絶った母さん。僕を置いて帰って来なくなった父さん。






 僕はそんなふたりの子どもだけど、なるなら。






 鴉がびっくりしたらしく、めちゃくちゃじーって僕を見てる。







 じーって見て、じーって見て、じーっと見てるから。






「え、何?僕何か変なこと言った⁉︎」







 あまりにもじーっだから、焦りすぎて色んなことが飛んだ。頭から。






「天狗や俺のようにって思ってくれるなら尚更」






 鴉の目がすごく真剣だった。



 鴉の声がすごく真剣だった。






 もしものときは絶対俺を選んでくれ。






 絶対にって。鴉は言った。真剣に。



 ものすごくものすごく、真剣に。






 ………鴉。






 どうしよう。






 僕はそれ以上鴉を見てられなくて、視線を落とした。

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