鴉 190
建物の中だと日陰で少し寒い。
光が風邪をひいたら困るって、本殿の外で話した。
全部天狗がしてくれたことで、全部天狗がアドバイスくれたことだ、とも。
俺ひとりじゃ考えもつかない。養子とか。
そもそも俺が社会的に存在していないと思ってたから。
光に誰か、頼れる大人がいれば天狗だって俺だってそこまではしないだろう。
でも、光には誰も居ないって、そんなの見てれば分かる。
誰か居たら、光はここに居ない。来ていない。
日向。
まわりの木より大きくて立派な木の根っこを椅子がわりにして座って説明した。
斜め向いに座る光は、濡れたように見えるほど真っ黒な目を、時々右に左にゆらゆらと揺らしながら黙って聞いてた。
光のすぐ後ろにひとつ目、カラス、気狐。
ネコマタも近くで転がってる。
「もし、の場合だ。そうしろってことじゃない」
「………もし」
「………」
「もし父さんが僕を捨てた場合、ってことだよね?」
「………」
ふわり。
吹いた風に、光の悲しいにおいが乗った。
そう。これはもしの話。もしもの話。
光が山をおりても、その知らせが光の父親に届かなかったら。
知らせが届いても、光のところに現れなかったら。
現れても、一緒に居られないってことになったら。
一緒に居られるようになっても、光に害が及ぶなら。
害が及ぶほどじゃなくても、光がイヤなら。傷つくなら。
「父さんは、何であんな風になっちゃったんだろ」
「………前は違った?」
「………元々あんまり構ってもらったことはないけど、それでも多少はね」
「………うん」
「無責任に途中で父親をやめるぐらいなら、最初から子どもなんか作んなきゃいいのに」
光が、座ってる木の根っこを爪でカリカリといじりながら、ぼやくように呟いた。
光のその気持ちは、その気持ちなら、俺にも分かる。
捨てるぐらいなら作るなよ。
要らないなら生む前に捨てろよ。
俺も思ったことが、めちゃくちゃあるわけではないけど、やっぱりあるから。
「親も未熟なんだよって、天狗に言われたことがある」
「………未熟?」
「大人になって結婚して子どもが生まれたからって、それだけで成熟した大人になれるものじゃない。逆に結婚して子どもができて、ずっと誤魔化してきた未熟な部分が明るみに出ることだってあるって」
「………未熟な部分が明るみに」
小さく繰り返す光が、根っこの上で膝を立てて抱えた。
その立てた膝に、顎を乗せる。ため息とともに。
「大人になったら『大人』になれるんじゃないの?」
「………俺は年齢的に多分大人だけど、子どもの頃からそんな変わってない。だからそういうものではないんだと思う」
「え?鴉って子どもの頃からそんななの?」
「子どもの頃からこんなだな」
「………それはある意味すごいかも」
くすって、何でか光が笑った。
俺にはその笑いポイントが分からなかった。
光が言ったのと同じことを、俺も昔は思ってた。
年齢を重ねれば、自動的に大人になっていくものだって。
でも、天狗に拾われて20年以上がが過ぎて、所謂『大人』って言われる分年齢を重ねても、俺の大筋みたいなのは、今と昔で特に変わってないと思う。
昔に比べて、できることは格段に増えたけど。
「どうやったらちゃんとした大人になれる?僕は父さんや………母さんのようには、なりたくない。僕は、天ちゃんや鴉みたいな大人がいい」
「………え?」
そこにまさか、俺が出てくるなんて、俺はこれっぽっちも思っていなくて。
びっくりして、思わずまじまじと光を見た。
本気で言ってるのか?って。人じゃないけど、天狗ならまだしも。
「え、何?僕何か変なこと言った⁉︎」
あまりにも俺が見てるからか、光が焦り出してパニクり出す。
光が、そう言ってくれるなら。
俺はこれからも、努力しよう。
光がそう言い続けてくれる人で在れるように。
「天狗や俺のようにって思ってくれるなら尚更。もしものときは絶対俺を選んでくれ」
正直に。
自分の気持ちに、正直に。
光は困った顔で俺を見て。
困ったように視線を落とした。
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