光 189

 いただきますってさ、秒で終わってたんだよ。手を合わせて言ってって、秒でしょ?



 で、すぐ食べる、だった。



 でも、ここに、天狗山に来て鴉に拾われて、天ちゃんと鴉と暮らすようになって、いただきますって手を合わせる時間がすごく長くなった。






 何でって、『いただく』から。食べ物を、食べ物の命を。それを僕の中に頂いて、その力を頂く。



 そのおかげで僕の命ができる。作られる。






 作ってくれる人の、天ちゃんと鴉の命も頂いてるよね。時間をかけて、時間を使って作ってくれるんだから。



 そう思うと、いただきますってさ、秒で終われない。






 いただきます。ありがとうございます。






 ひとつひとつに言いたい。言ってる。



 すぐに『食べ』に行けない。秒で行ける以前のようにはなれない。






 っていうのをね、鴉が手を合わせてるのを見て、思い出したっていうか。思ったっていうか。






 すぐに終われないってことは、思いの深さ、みたいなのがあるのかなって、ね。






 鴉自らがここに来たいって言ったんだから、多分そう。






 まだ手を合わせてる。






 僕が早々と目を開けたのに対して、鴉はしばらくの、数分の時間を要した。






 数分の後目を開けて最後の一礼をした鴉が、鴉を見てる僕を見て首を傾げた。






「………?」

「お願いごとしてた?」

「………まあ、そうだな」

「いっぱい?」

「いっぱいではないけど………。どうかしたか?」

「だって鴉、すごく長く手を合わせてるから」






 いっぱいではないなら、何でって。



 だから、いただきますと同じだよね。



 数ではなく深さ。






 深く深く、何を鴉は願ったんだろう。






「光の側に居られますように」

「へっ⁉︎」

「そう願ってた」

「はっ⁉︎」

「ん?」

「………っ」






 聞くつもりはなかったんだよ⁉︎



 内容までは‼︎全然‼︎これっぽっちも‼︎



 教えたらダメなんてルールはないんだろうけど、でもそんな‼︎かなり立ち入ったことじゃん⁉︎だから気にはなったけど聞く気はなくて‼︎なのに‼︎鴉自ら‼︎



 しかも‼︎しかもしかもしかもしかも‼︎






 僕の側に居られますように⁉︎



 何それ⁉︎何なのそれ⁉︎






 数じゃない時間の長さは思いの深さ。






 思いの………思いの深さって何⁉︎






 自分の思考に顔が熱くなった。



 それを見せたくなくて、見られたくなくて、下を向いた。



 向いた、けど。






 側に居られますように。






 時間の長さは………思いの、深さ。






 長く手を合わせてくれてた鴉。






 それを嬉しいと思う僕が居るからすごいよね。



 恋愛なんて、絶対に絶対にできないし、絶対に絶対にしないって僕が。






 ふうって息を吐いて、ちょっとだけ落ち着いた。



 ふうって。






 ただ。






 たださ?






 鴉が、僕もだけど、鴉が手を合わせてたのは、天ちゃんが作ってくれた木彫りの像。



 ここは神社だけど、僕たちが神社って呼んでるだけの建物。






 せっかくの鴉の気持ちに、残念なことを僕は思ってる。






「………光?」

「………ここは神社だけどさ」

「神社だな」

「神社の跡地、な、だけじゃん」

「………?そうだな」

「なのにお願いごとしても、仕方なくない?」

「……」






 鴉に言いながら、鴉に聞きながら、僕って残念なやつって思った。






 せっかくの、鴉の気持ちを。



 ありがとうって受け取ればいいのに。






 そんな残念な僕に、鴉はさすがだった。



 さすが以外の何でもない。






「光の側に居られますように、は、この先何があっても光の側にいるって俺の決意で、絶対そうするって宣告」

「………またそうやって」






 そうやって、僕をタラすんだから‼︎






 さすがな天然タラシ鴉の見事すぎる返しに、僕はちょっとくらくらしてた。



 くらくらするでしょ⁉︎しちゃうでしょ⁉︎






「光?」

「………ん?」

「光は光の父親と絶対に暮らしたいか?」






 え。






 天然タラシによる天然タラシ攻撃にやられてたら、今度は。






 父さん。






 直視できないでいた鴉を、思わず見た。






「その質問、よくするね。昨日も言ってた。何で?」

「もし光と光の父親が親子じゃなくても、一緒に居たいか?」






 鴉は答えず、そこにまた質問。



 父さんと親子じゃなくてもって。






 その質問に、僕の答えはすぐ浮かんだ。



『父さん』と一緒に暮らしたいかどうかに浮かぶ答えはないのに、もし親子じゃなくても、には。






 本当に、すぐ。






 僕って結構、ひどいんだね。薄情なんだね。



 知らなかった。







「………親子じゃないならイヤだよ。親子じゃないなら考えもしない」






 僕が何でこんななのかって。



『父さん』だから。あの父さんが。あの、あんな、父さんでも。






「………でも、僕は父さんの子で、僕はまだ子どもだから………仕方ないじゃん」






 仕方ない。






 仕方ないんだよ。



 あの父さんが僕の父さんである限り。






「俺には戸籍があるらしい」

「………え?」

「天狗が作ってくれてた」

「………ごめん鴉、話が飛び過ぎてよく分かんない。父さんの話はどこ行ったの?戸籍?鴉の?何?どういうこと?」

「神社に神さまは居なくてもいいんだよ」

「だから鴉‼︎話飛び過ぎだってば‼︎」






 父さんから戸籍、神社に神さま。






 ちょっと鴉、どうしちゃったの⁉︎ってぐらい話があちこちに飛びまくってて、焦った。



 どこかに頭ぶつけた?って。






「俺の子どもになれ、光。そしたらもう、悲しいことは起こらない」

「へっ⁉︎」






 真っ白。



 頭、真っ白。



 目が点。






「ふえええええ⁉︎何言ってんの鴉⁉︎うえええええ⁉︎どういうこと⁉︎何言ってんの⁉︎どこからそんな話が出てきたの⁉︎鴉の子どもって何⁉︎」






 やっぱり頭ぶつけたんじゃないの⁉︎何言ってんの⁉︎鴉の子ども⁉︎



 これって天ちゃん呼んだ方がいい⁉︎



 え、どうしよう。






 びっくりして焦ってどうしようって、僕は意味もなくその場をうろうろした。じっとしていられなかった。



 心臓ばくばく。変な汗。






 え、どうしよう。






「落ち着け」






 こんなにもパニクってる僕に、いつもと変わらない声と、同時にがしって頭に乗る鴉のデカい手。






 それを反射的につかんだ。






 頭ぶつけてないよね?の確認も含めて。






「落ち着けるわけないじゃんっ」

「………それでも落ち着け。ちゃんと話すから」






 あ、いつもの鴉だ。






 ちゃんと話すからって言った鴉は、ちゃんといつもの鴉だったのに、いつまで経っても鴉は無言で。






「………鴉?」






 やっぱり天ちゃんを呼んだ方がいい?って、フリーズしてる鴉に、思った。

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